ソウル地検;産経前ソウル支局長を名誉毀損罪で起訴

 

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産経新聞ソウル支局長在宅起訴の経緯

 

2014年7月18日

韓国保守系大手紙の朝鮮日報が、「朴大統領を巡るうわさ」と題したコラムを掲載

8月 1日

加藤達也ソウル支局長、10月1日付で東京本社社会部編集委員に移動決定

3日

産経新聞がWEBサイト「MSN産経ニュース」に、問題となった【追跡〜ソウル発】朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」と題した加藤達也支局長のコラムを掲載

7日

韓国大統領府が「厳しく協力に対処する」と言明。ソウル中央地検は、記事を執筆した加藤産経新聞ソウル支局長の出国禁止処分を行なう。その後10月15日まで延長される

8日

ソウル中央地検が支局長にソウル中央地検への出頭を求める。

18日

加藤支局長がソウル中央地検に出頭。その後も聴取が続く

29日

新聞・通信・放送の編集・報道局長ら58社、58人で構成されている日本新聞協会編集委員会が「極めて異例で、事態の推移を注視している。報道機関の取材・報道活動の自由、表現の自由が脅かされることを強く懸念する」とした近藤勝義代表幹事(日経・常務取締役編集局長)の談話を発表

9月 8日

国際ジャーナリスト組織国際NGO「国境なき記者団」(本部・パリ)が「旅客船『セウォル号』が沈没した14年4月16日の朴大統領の行動についても、その曖昧さは明らかに公共の利益にかかわる問題だ」「報道機関が政治家の行動をただすのは当然だ」としたうえで、加藤支局長の記事については「すでにネット上にあり、告発の対象にもなっていない情報に基づいている」と指摘した上で、「告発を取り下げさせ、行動の制限を解くよう当局に対して求める」とした、不起訴を求める見解を発表。

16日

日本ペンクラブが「言論の自由を事実上制限」と韓国政府を批判する声明を発表。日本外国特派員協会(FCCJ)も同日、「韓国の検察当局が取った措置を懸念する」とするルーシー・バーミンガム会長の声明を発表

 ペンクラブは、政府や政治家の行動は「常にジャーナリズムの監視の対象であり、批判の対象であるべきだ」と指摘。公人に関する報道について、「言論の自由は最大限、完全に保障されることが求められている」と主張した。公人による記者の告発・告訴の提起や取り調べは「民主主義社会の根底をなす言論の自由を事実上制限することにつながる」とし、「厳に慎まねばならない」と訴えた

 FCCJは加藤支局長が懲役刑に処せられる可能性に触れ、「民主主義国家の多くは、名誉毀損(きそん)の疑いがある事案をもはや刑事犯として扱わない」と指摘。その上で、「今回の事件が自由で公正な国としての評価にどれほど悪影響を及ぼすか、熟考するよう強く求める。困難と感じる報道に直面しても、慎重かつ公平な方策を講じていただきたい」と要望

30日

支局長側が出国禁止処分の解除を求める文書をソウル地検に提出

10月 1日

産経新聞が前支局長を東京本社に移動させる人事を発令

3日

日本新聞労働組合連合(新聞労連)が「産経新聞ソウル支局長への捜査を懸念する」との声明を発表

7日

韓国の保守系団体による抗議集会が、産経新聞ソウル支局が入居するビルの前で行われる

8日

ソウル中央地検が前支局長を情報通信法違反で在宅起訴。起訴の理由につい地検は「加藤前支局長の記事は客観的な事実と異なり、その虚偽の事実をもって大統領の名誉を傷つけた。取材の根拠を示せなかった上、長い特派員生活で韓国の事情を分かっていながら、謝罪や反省の意思を示さなかったという点を考慮した」とコメントした

9日

日本新聞協会編集委員会が「起訴強行は極めて遺憾であり、強く抗議するとともに、自由な取材・報道活動が脅かされることを深く憂慮する」との談話を発表

日本記者クラブは「報道の自由と表現の自由は民主主義社会にとって欠くことのできないものであり、国民の知る権利を守る重要なものである」とする抗議声明を出した

10日

加藤達也・前ソウル支局長(48)の9日付け手記を産経新聞朝刊が掲載

日本の新聞各社、起訴批判の社説・コラムを掲載

韓国大手紙・中央日報は特集記事で、検察が起訴したことについて「大統領の人格も保護されねばならないという判断とみられる」と分析。産経新聞が「嫌韓、反韓報道を主導していた面も影響を与えた」と指摘

産経新聞社、韓国最高検察庁の金鎮太検事総長とソウル中央地検の金秀南検事正に宛てた抗議文をそれぞれ提出

韓国保守系団体による抗議集会が産経新聞ソウル支局が入居するビルの前で行われ、高齢者を中心に約60人が集まった。抗議集会は7、8日に続き3回目

13日

ソウルの韓国国会で、与党議員は、在宅起訴した検察を支持。野党議員は、外国メディアの記者に対する刑事訴追に批判の声が上がる

14日

韓国検察当局日、前支局長の新たな出国禁止措置を法相に要請。弁護側は出国禁止措置の解除を要請しているが、公判中も出国禁止措置を継続することができるため相当の期間、帰国できない

韓国外交省報道官、起訴は市民団体の告発による正当な司法手続きだと強調し、「言論の自由と関連させてこの問題をみるのは適切ではない」と述べる

11月27日

前支局長の公判準備手続き(事実上の初公判)。加藤前支局長は「大統領をひぼうする意図は全くない」と述べ、起訴内容を否認し無罪を主張、全面的に争う姿勢を示した

 

産経新聞の加藤達也前ソウル支局長(48。2011年にソウル支局長に就任)が書いた朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領に関するコラムをめぐる問題で、ソウル中央地検は2014年10月8日、「情報通信網を通して虚偽の事実を際立たせた」などとして、加藤前支局長を「情報通信網利用促進および情報保護などに関する法律」(情報通信網法)における名誉毀損(きそん)で在宅起訴した。外国の記者に同法を適用して起訴するのは異例。

 

注;情報通信網法の名誉毀損罪は、他人を中傷する目的でインターネットなどを通じて公然と虚偽の事実を示すなどし、他人の名誉を毀損した者を処罰する。刑法の名誉毀損罪(最長懲役5年)より重い最長懲役7年が科される。世界的に珍しい規定で、ネット上の名誉毀損が深刻な韓国の事情が立法の背景にあるといわれている。

 

注;被害者本人の告訴が必要な日本と異なり、韓国の名誉毀損罪は、第三者の告発でも捜査・起訴できる。今回、加藤氏を告発したのは複数の市民団体で、そのうちの一つは島根県・竹島(韓国名・独島)の領有権を主張する写真展を開催。これまでも産経新聞による慰安婦や竹島に関する報道に反発していた。

 

検察は10月2日、加藤氏に対する3回目の事情聴取を行い、出国禁止措置を10月15日まで延長している。

 

加藤氏側は、記事には公益性があるとして否認しており、公判でも争う。

 

第44条の7(不法情報の流通禁止等)

@何人も、情報通信網を通じて、次の各号のいずれかに該当する情報を流通してはならない。

1 淫乱な符号・文言・音響・画像または映像を配布・販売・賃貸、もしくは公然と展示する内容の情報

2 人を誹謗(誹謗)する目的で、公然と事実や偽りの事実を暴露して、他人の名誉を毀損する内容の情報

(以下略)

 

第61条(罰則)

1 他人を誹謗する目的で,情報通信ネットワークを通じて公然と事実を摘示し,他人の名誉を毀損した者は,3年以下の懲役または禁錮または2,000万ウォン以下の罰金に処する。

2 他人を誹謗する目的で,情報通信ネットワークを通じて虚偽の事実を摘示し,他人の名誉を毀損した者は,7年以下の懲役,10年以下の資格停止または5,000万ウォン以下の罰金に処する。

3 第1項及び第2項の罪については,被害者の明示した意思に反して公訴を提起することができない。

 

ウェブサイト「MSN産経ニュース」に2014年8月3日、韓国国会での議論や韓国大手紙、朝鮮日報のコラムなど公開されている情報を中心に「【追跡〜ソウル発】朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」と題した加藤前支局長のコラムを掲載し、旅客船「セウォル号」沈没事故が発生した2014年4月16日、朴大統領の所在が7時間ほどの間把握されていなかったとの疑惑が浮上していると報じた。

 

記事は韓国紙・朝鮮日報の記事を引用する形で、事故当日の朴大統領の動静についてうわさが広まっていると指摘。「ウワサとはなにか。証券街の関係筋によれば、それは朴大統領と男性に関するものだ。相手は、大統領の母体、セヌリ党の元側近のチョン・ユンフェで当時は妻帯者だったという」と記したうえで、「“大統領とオトコ”の話は、韓国社会のすみの方で、あちらこちらで持ちきりとなっていただろう」とも指摘し、「朴政権のレームダック(死に体)化は、着実に進んでいるようだ」と締めくくった。

 

検察は報道資料を発表し、起訴の理由について「加藤前支局長の記事は客観的な事実と異なり、その虚偽の事実をもって大統領の名誉を傷つけた。取材の根拠を示せなかった上、長い特派員生活で韓国の事情を分かっていながら、謝罪や反省の意思を示さなかったという点を考慮した」と説明した。

 

ウェブサイトへの掲載後、産経新聞には、韓国大統領府からソウル支局に抗議があったほか、在日本韓国大使館から東京本社に「名誉毀損などにあたる」として記事削除の要請があった。産経新聞は記事の削除には応じなかった。

 

 韓国の外国メディアで構成する「ソウル外信記者クラブ」は8日夜、「メディアの自由な取材の権利を著しく侵害する余地がある点に深い憂慮を表する」などとする声明を発表した。

 

 加藤前支局長は8月18、20日、10月2日の計3回、地検に出頭した。地検は情報通信網法違反(名誉毀損)の疑いで、地検側の通訳を介し、記事の作成経緯などについて聴取した。

 

 加藤前支局長は「朴槿恵政権を揺るがした(4月16日の)韓国旅客船の沈没事故当日、朴大統領がどこでどう対処したかを伝えるのは、公益にかなうニュースだと考えた」と説明した。

 

産経新聞の記事は朝鮮日報など韓国メディアの記事をもとにして書かれたにもかかわらず、産経新聞だけ問題視されているという点に対する疑問だとの声が韓国内でも上がっているが、韓国メディアの中では両紙の記事は異質で、産経が非難されるのは当然だとみる向きもある。

 

 今回の問題をめぐっては、報道の自由への侵害を懸念する声が国内外の多くの報道機関や関係団体から上がっていた。日本新聞協会編集委員会は「報道機関の取材・報道活動の自由、表現の自由が脅かされることを強く懸念する」との談話を発表。国際ジャーナリスト組織、国境なき記者団(パリ)も韓国側に加藤前支局長を起訴しないよう求める声明を発表していた。

 

 米国のAP通信は10月8日、ソウル発で「韓国の検察が日本人記者を起訴」と速報。ソウル中央地検が名誉毀損(きそん)で前支局長から事情聴取した事実を、「韓国の報道の自由に関して疑問を提起することになった」と紹介。今回の起訴が「日韓間の反目が強まる中で行われた」と指摘した。

 

 米国務省のサキ報道官は10月8日の記者会見で、「検察当局の捜査に当初から関心を持ってきた」と強調した。2014年2月に国務省が公表した2013年版の国別人権報告書を挙げ、「米政府は言論の自由、表現の自由を支持し、これまでも韓国の法律に懸念を示してきた」と述べ、韓国における言論の自由、表現の自由に「懸念」を表明した。

 

 韓国の公共放送KBS(電子版)は10月8日、「検察は加藤記者が訂正報道や謝罪文を掲載するなど、被害者らへの謝罪や反省の意思を示していない点などを起訴決定の際に考慮したと説明した」と伝えた。

 

保守系大手紙、中央日報や朝鮮日報は検察側の起訴理由について詳報。報道を総合すると、検察側は(1)女性大統領にとって不適切な男女関係があるように虚偽事実を示し、大統領の名誉を毀損した(2)当事者らに事実確認を行うなど必要な措置をきちんと取っていない(3)証券街情報紙など信頼の置けない資料以外に取材根拠を示すことができない(4)謝罪や反省の意向を示していない−点を起訴理由に挙げたという。

 

反政権色の強い左派系紙は同日、ハンギョレは「検察は大統領府が産経を非難した直後に捜査に着手した」とし、検察が法よりも朴大統領の面目のために動いたとの見方を示していた。

 

 左派系紙、京郷新聞(電子版)も同日、「外国メディアの記者を出国禁止にまでして始めた捜査は最初から無理があるとの指摘が多かった」と強調。「表現の自由が重視される中、今回の起訴は時代に逆行するのではないか」と批判したうえで、「検察側は加藤前支局長のコラムに関し、『虚偽』『悪意的』だと強調するが、立証するのは容易ではないとみられる」と指摘。「(加藤前支局長のコラムは)公益的目的のための疑惑提起だったことから、加藤前支局長が明白に虚偽であると認識していたと立証するのは困難」という西江大法学専門大学院教授のコメントを添えた。

 

韓国のパク・チュミン(朴柱民)弁護士は、「今回の報道は朝鮮日報を基にしているにも関わらず、産経新聞だけ起訴するのは、言論の自由を弾圧することであり、公平性を欠いた起訴だ」と強く批判したうえで、「このような疑惑を提起することが起訴につながるのなら、当然、言論は今後、萎縮してしまうだろう」と述べて、メディアに与える今後の影響について懸念を示した。また、裁判の見通しについて「被告は、報道内容が事実だと信じた根拠を立証しなければならない。これは容易ではなく、有罪になる可能性がある」と指摘した。

 

チェ・ジンニョン(崔秦寧)弁護士は、名誉毀損の罪を問うには、故意に名誉を傷つけようとしたかどうかがポイントになるとしたうえで、「結果的に、名誉を毀損しても仕方がないという未必の故意があったと判断される可能性が非常に高いと思う」と述べ、有罪になる可能性が高いのではないかと述べた。

 

10月7日、韓国の保守団体のメンバーら約50人が、産経新聞ソウル支局が入るソウル市内のビルの前で謝罪と訂正報道を求める集会を開いた。

 

 参加者らは、記事について「悪意を持って一国の大統領を攻撃したものだ」などと主張。「検察が調査するのは当然だ」と訴えた。ビルに進入しようとした一部の参加者が、警備に当たる警官隊と小競り合いになる場面もあった。

 

 岸田文雄外相は9日午前、外務省で記者団の質問に答え、「報道の自由あるいは日韓関係にも関わる問題で、大変遺憾だ。憂慮している」と述べた。今後の対応に関しては「事実関係を至急確認した上で考える」と語った。

 

 日本新聞協会は10月9日、声明を発表した。声明は「報道機関の取材・報道の自由、表現の自由は民主主義社会の根幹をなす原則」と指摘し、「起訴強行は極めて遺憾であり、強く抗議するとともに、自由な取材・報道活動が脅かされることを深く憂慮する」と韓国側の対応を批判した。日本記者クラブと日本新聞労働組合連合も同日、抗議声明を出した。

 

同日日本記者クラブは「報道の自由と表現の自由は民主主義社会にとって欠くことのできないものであり、国民の知る権利を守る重要なものである」とする抗議声明を出した。

 

日本共産党の志位和夫委員長は同日の会見で、言論と報道の自由は守られなければなりません。言論による体制批判には言論で応えるというのが民主主義社会のあるべき姿です」と指摘したうえで、「そういう点に照らして、今回の事態には懸念と憂慮を持っています」と述べた。

 

10日付け産経新聞朝刊が、加藤達也・前ソウル支局長の手記を掲載さした。

 

産経新聞社は10日、韓国最高検察庁の金鎮太検事総長とソウル中央地検の金秀南検事正に宛てた抗議文をそれぞれ提出した。

 

抗議文では、朴槿恵(パク・クネ)大統領に関する加藤前支局長の記事は名誉毀損に当たらないと非難。加藤前支局長に対する出国禁止処分についても報道の自由への侵害であると強く抗議し、処分の撤回を要求した。

 

同社は柳興洙(ユ・フンス)駐日韓国大使にも同様の抗議文を送っている。

 

10日付け大手紙・中央日報は特集記事で、検察が起訴したことについて「大統領の人格も保護されねばならないという判断とみられる」と分析。産経新聞が「嫌韓、反韓報道を主導していた面も影響を与えた」と指摘した。

 

韓国日報は社説で、検察が内外の憂慮にもかかわらず起訴を強行したのは、大統領府を意識した過剰措置だと批判した。

 

言論の自由の問題などに積極的に取り組む京郷新聞は「大統領の名誉を守るために国家の名誉を失墜させた」との見出しで1面トップで報道。海外の批判を詳しく伝え、「国のイメージを傷つけた」という韓国政府関係者の声も紹介した。

 

最大手の朝鮮日報は、日本政府や日本メディアの反応を簡潔に報じた。

 

保守系団体による抗議集会が10日、産経新聞ソウル支局が入居するビルの前で行われ、高齢者を中心に約60人が集まった。抗議集会は7、8日に続き3回目。参加者の一部がビル内に突入しようとしたり、警備に当たる機動隊に椅子を投げたりするなど周辺は一時混乱した

 

 

韓国地検の産経支局長聴取にする日本新聞協会編集委員会近藤勝義編集委員会代表幹事の談話

                                                          2014年8月29日

 

 産経新聞のウェブサイトに掲載された記事が韓国・朴槿恵大統領の名誉を棄損したとして、同社ソウル支局長がソウル中央地検の捜査を受けていることは、極めて異例で、事態の推移を注視している。報道機関の取材・報道活動の自由、表現の自由が脅かされることを強く懸念する。

 

産経新聞前ソウル支局長の起訴に対する日本新聞協会編集委員会の声明

2014年10月9日

 

 産経新聞ウェブサイトに掲載されたコラムが韓国・朴槿恵大統領の名誉を毀損(きそん)したとして、同紙前ソウル支局長が8日、ソウル中央地方検察庁に在宅起訴された。

 報道機関の取材・報道の自由、表現の自由は民主主義社会の根幹をなす原則であり、われわれは前支局長が同地検の捜査を受けて以来、極めて異例な事態であるとして、推移を注視してきた。同地検の起訴強行は極めて遺憾であり、強く抗議するとともに、自由な取材・報道活動が脅かされることを深く憂慮する。

 

韓国政府による特定の記事批判を憂う声明

2014年9月16日

一般社団法人日本ペンクラブ

会長 浅田次郎

言論表現委員長 山田健太

 

 日本ペンクラブは、産経新聞社ウエブサイト上の記事に関し、韓国政府が、民間団体の告発に基づき、同社記者を事情聴取し、出国禁止を命じたことを深く憂う。

 いかなる国においても、政府及び公職にある政治家の行動は、常にジャーナリズムの監視の対象であり、批判の対象であるべきだ。そのための言論の自由は最大限、完全に保障されることが求められている。それらの公人が、告発・告訴・訴訟を提起したり、記者を取り調べたりするような行為、あるいは殊更に強い抗議を行うことは、民主主義社会の根底をなす言論の自由を事実上制限することにつながるのであって、政府を始め権力を持つ者は、こうした行為を厳に慎まねばならないことを、ここにあらためて確認したい。

 

産経新聞前ソウル支局長の起訴について

公益社団法人 日本記者クラブ

理事長 伊藤芳明

2014年10月9日

 

日本記者クラブは、産経新聞のウェブサイトに掲載された記事についてソウル中央地方検察庁が筆者の加藤達也・産経新聞社前ソウル支局長を情報通信網法の名誉毀損罪で起訴したことに対し、抗議する。

報道の自由と表現の自由は民主主義社会にとって欠くことのできないものであり、国民の知る権利を守る重要なものである。報道機関と記者が集まる日本記者クラブは、記者会見の開催など国民の知る権利に資する活動を行い、表現の自由の擁護につとめている。今回の起訴は、報道の自由と表現の自由を侵害するものであり、自由な記者活動を脅かすものである。

 

「産経新聞ソウル支局長への捜査を懸念する」

日本新聞労働組合連合(新聞労連)

中央執行委員長 新崎 盛吾

2014年10月3日

 

産経新聞の加藤達也ソウル支局長(当時)が8月に執筆した朴槿恵大統領の動静をめぐる記事が、名誉毀損にあたる疑いがあるとして、韓国の検察当局が捜査を続けていることに、新聞労連は取材と報道の自由を守る立場から強い懸念を表明する。

 産経新聞は、旅客船セウォル号が沈没した日に朴大統領が男性と会っていたとのうわさがあるとの内容の記事を、8月3日付でウェブサイトに掲載。市民団体から告発を受けた検察が、8月に加藤支局長から2回事情聴取したほか、10月2日にも出頭を求めて聴取したと報じられた。法相による出国禁止処分も延長が繰り返され、加藤支局長は約2か月間出国できない状況に追い込まれている。

 そもそも大事故が起きた時の国のリーダーの行動は、報道機関が当然取材すべき国民の関心事であり、憲法で表現の自由が保障されている日本で刑事事件になることは考えづらい。韓国に独自の法体系があるとしても、取材と報道の自由に抵触する今回の事態は、ジャーナリズムの国際基準から考えて、きわめて特異なケースといえるだろう。

 

 一方、加藤前支局長は同日夕、フジテレビのニュース番組に出演。「有罪を導こうと、特定の結論に至らしめる取り調べを続けてきた」と捜査を批判し、公判でも争う姿勢を示した。

 

 米国に本部を置く国際人権団体で、世界各国の「報道の自由度」を毎年発表している「フリーダムハウス」のプロジェクト・マネジャー、ジェニファー・ダナム氏は10日、産経新聞との電話インタビューで、韓国のソウル中央地検が情報通信網法における名誉毀損で産経新聞の加藤達也前ソウル支局長を在宅起訴したことについて、手厳しく批判する見解を表明した。

 

見解は、とくに公人(大統領)に対する報道は自由であるべきで、報道により名誉毀損に問われることがあってはならない。韓国の民主主義は未熟だ。起訴はメディア全般に萎縮効果をもたらし、将来的にも(政府批判などについて)執筆することを、思いとどまらせる効果をもたらすだろう。もし加藤氏に有罪判決が下り、拘留されることにでもなれば、事態はさらに悪化する」としたうえで、フリーダムハウスの「2014年報道の自由報告書」の評価では、韓国の報道の自由度は197カ国中68位だ。加藤氏を起訴したことで、次期報告での評価はさらに低下するだろう」としている。

 

 なお、国別人権報告書は、韓国の法制度に関し、「当局によって政治指導者を批判していると見なされた人物が罰せられる可能性がある」と指摘。韓国の報道を引用し、2012年に名誉毀損で訴えられたのは1万3000人以上で、3223人が有罪判決を受けたと記している。また、「名誉毀損を大ざっぱに定義して犯罪とする法律が、取材活動に抑制効果をもたらす可能性がある」としている。

 

 ソウルの韓国国会で10月13日、与野党間の論戦が繰り広げられた。与党議員からは、在宅起訴した検察を支持する意見があったが、野党議員からは、外国メディアの記者に対する刑事訴追に批判の声が上がった。

 

 最大野党・新政治民主連合の重鎮・朴智元パクチウォン議員は、今回の処分がいわゆる元従軍慰安婦を中傷している産経の論調を宣伝することになったと強調した上で、「韓国が言論後進国だと世界に知らしめた」と検察の対応を批判した。

 

 一方で、与党セヌリ党の検事出身の議員は、産経の論調を批判した上で、「なぜ在宅起訴だったのか。外国の記者は優遇しなければならないという規則でもあるのか」と述べ、処分が手ぬるいとの考えを示した。

 

 検察当局が加藤氏を聴取した際に批判声明を出したジャーナリストの国際団体「国境なき記者団」(本部パリ)は10月13日までに、「あぜんとした」と批判する声明を出した。

 

 声明は、加藤氏のコラムのテーマとなった、朴槿恵パククネ大統領の旅客船沈没時の行動は「公益に関わる問題」と主張。その上で、有罪が確定すれば「韓国や外国メディアの自己検閲を促すことになる」と懸念を示した。

 

 前支局長に対する初公判は11月13日、ソウル中央地裁で開かれる。

 

 韓国検察当局は10月14日、前支局長の新たな出国禁止措置を法相に要請した。認められれば、16日からさらに3カ月間、出国が禁止される。

 

 一方、韓国外交省報道官は14日の記者会見で、起訴は市民団体の告発による正当な司法手続きだと強調し、「言論の自由と関連させてこの問題をみるのは適切ではない」と述べた。

 

 報道官は会見で、日本政府が言論の自由の観点から批判していることについて、「法執行の問題で、韓日政府間の外交問題ではない」と反論。「日本政府関係者が不要な言及をするのは適切ではない」と不快感を示した。

 

 さらに、会見に出席していた日本メディアの特派員に対しても、「この席で質問を自由にして、言論の自由がないと言うことができるのか」と述べた上で、「わが国は言論の自由について、どの国よりも保障されている」と強調。起訴をめぐる日本社会の反応についても「少し冷静になる必要がある」と語った。

 

菅義偉官房長官は15日午後の記者会見で、韓国当局による産経新聞前ソウル支局長の出国禁止措置が長期化していることについて、「人道上大きな問題となる」と懸念を表明するとともに、「引き続き適切な対応を求めていく」と述べた。

 

10月15日、加藤達也前支局長に対する出国禁止措置が10月16日から3カ月間延長された。これを受けて、加藤前支局長の弁護人は同日、加藤前支局長の出国を速やかに認めるよう求める文書をソウル中央地裁に提出した。

 

日本新聞協会は、11月9日の第67回新聞大会において、ソウル中央地検に対して「速やかな処分の撤回を求める」とする決議も採択した。

決議は、「ソウル中央地方検察庁が産経新聞前ソウル支局長を名誉毀損(きそん)で在宅起訴したことに対し、日本新聞協会は強く抗議する。報道の自由と表現の自由は、民主主義社会の根幹をなす原則であり、韓国を含む民主主義国家群は憲法で保障している。しかし、今回の起訴は、この原則に反して言論の自由を侵害し、人々の知る権利に応えるための取材活動を萎縮させる行為であり、速やかな処分の撤回を求める」(全文)としている。

 

日韓の超党派議員や財界人でつくる両国の協力委員会による合同総会が11月6日、ソウルで開かれた。産経新聞の前ソウル支局長が記事で朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を傷つけたとして起訴された問題などをめぐり議論は決裂。共同声明を採択できなかった。7日に調整していた朴氏と日本代表団の会談も大統領側が断った。

 

公判準備手続きが11月27日、ソウル中央地裁で開かれた。検察が起訴状の要旨を朗読し、被告による起訴内容の認否も行われた事実上の初公判。約30席の傍聴席は満席で、約40人が立ったまま傍聴した。ソウル中央地裁には、日韓の報道関係者に加え、産経新聞を批判する保守系団体のメンバーら100人以上が集まった。

検察は起訴状で、コラムで名指しされた男性と朴大統領を被害者だと指摘。「被告は、被害者たちをひぼうする目的で、情報通信網を通じて公然と虚偽の事実を広めて被害者たちの名誉を毀損した」としている。

加藤前支局長は「大統領をひぼうする意図は全くない」と述べ、起訴内容を否認し無罪を主張、全面的に争う姿勢を示した。

法廷で加藤前支局長は用意した紙を読み上げ「韓国には深い愛情と関心を持っている」と強調。「韓国国民の朴大統領への認識をありのままに日本の読者に伝えようとしたものだ」と、ひぼうする目的だったとする検察側の主張を否定したうえで、「沈没事故に関し、韓国の国民に存在する朴大統領への認識、現象をありのままに伝えようとした」と述べ、公益性があるとの考えを示した。

公判では「韓国の国民に謝罪しろ」と叫んだ傍聴者が連れ出される騒ぎもあった。

閉廷後、加藤氏を乗せて地裁を出ようとする車を数人の韓国人が取り囲み、卵を投げつけて「謝罪しろ」などと迫る騒ぎもあった。

韓国での名誉毀損事件の1審は通常、初公判から判決まで8カ月程度かかる。上告審まで争った場合、最終的に決着がつくまでに1年以上が見込まれる。さらに今回は「政治的な案件なので普通よりも長引く可能性がある」という。

 

日韓外務省の局長級協議が11月27日、2カ月ぶりにソウルで開かれ、伊原純一アジア大洋州局長が、産経新聞の加藤達也前ソウル支局長が朴槿恵韓国大統領らに対する名誉毀損の罪で在宅起訴された問題で、「報道の自由、日韓関係の観点から大変遺憾」と改めて抗議し、出国禁止措置の解除を求めた。

27日の公判後に前支局長の乗った車に卵が投げ付けられたことに関しても、邦人保護の観点から適切な対応を取るよう要求した。

韓国の李相徳東北アジア局長は、司法手続きには関与できないと応じた。

 

 

 

【追跡〜ソウル発】(2014年8月3日配信『産経新聞』)

 

朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?

 

 調査機関「韓国ギャラップ」によると、7月最終週の朴槿恵大統領の支持率は前週に続いての40%となった。わずか3カ月半前には6割前後で推移していただけに、大統領の権威はいまや見る影もないことを物語る結果となった。こうなると吹き出してくるのが大統領など権力中枢に対する真偽不明のウワサだ。こうした中、旅客船沈没事故発生当日の4月16日、朴大統領が日中、7時間にわたって所在不明となっていたとする「ファクト」が飛び出し、政権の混迷ぶりが際立つ事態となっている。(ソウル 加藤達也)

 

 7月7日の国会運営委員会に、大統領側近である金淇春青瓦台(大統領府)秘書室長の姿があった。まず、質問者である左派系野党、新政治民主連合の朴映宣院内代表と金室長との問答を紹介する。

 朴代表「キム室長。セウォル号の事故当日、朴大統領に書面報告を10時にしたという答弁がありましたね」

 金室長「はい」

 朴代表「その際、大統領はどこにいましたか」

金室長「私は、はっきりと分かりませんが、国家安保室で報告をしたと聞いています」

 朴代表「大統領がどこにいたら書面報告(をすることになるの)ですか」

 金室長「大統領に書面報告をするケースは多いです」

 朴代表「『多いです』…? 状態が緊迫していることを青瓦台が認識できていなかったのですか」

 金室長「違います」

 朴代表「ではなぜ、書面報告なんですか」

 金室長「正確な状況が…。そうしたと…」

 

 《朴大統領は側近や閣僚らの多くとの意思疎通ができない“不通(プルトン)大統領”だと批判されている。大統領への報告はメールやファクスによる「書面報告」がほとんどだとされ、この日の質疑でも野党側は書面報告について、他人の意をくみ取れない朴大統領の不通政治の本質だとして問題視。その後、質問は4月16日当時の大統領の所在に及んだ》

 

 朴代表「大統領は執務室にいましたか」

 金室長「位置に関しては、私は分かりません」

 朴代表「秘書室長が知らなければ、誰が知っているのですか」

金室長「秘書室長が大統領の動きをひとつひとつ知っているわけではありません」

 朴代表「(当日、日中の)大統領のスケジュールはなかったと聞いていますが。執務室にいなかったということですか」

 金室長「違います」

 朴代表「では、なぜ分からないのですか」

 金室長「執務室が遠いので、書面での報告をよく行います」

 朴代表「答えが明確ではありませんよね。納得し難いです。なぜなら大統領の書面報告が色々問題となっています」

 

 《朴代表はここで、国会との連絡調整を担当する趙允旋政務首席秘書官(前女性家族相)に答弁を求めた》

 

 朴代表「趙政務首席秘書官、マイクの前に来てください。女性家族部相のときも、主に書面報告だったと聞いています。直接対面して大統領に報告したことがありますか」

 趙秘書官「はい、あります」

 朴代表「いつですか」

 趙秘書官「対面報告する必要があるときに」

 朴代表「何のときですか」

趙秘書官「案件を記憶していません」

 朴代表「では、調べて後で書面で提出してください」

 一連の問答は朴大統領の不通ぶり、青瓦台内での風通しの悪さを示すエピソードともいえるが、それにしても政府が国会で大惨事当日の大統領の所在や行動を尋ねられて答えられないとは…。韓国の権力中枢とはかくも不透明なのか。

 こうしたことに対する不満は、あるウワサの拡散へとつながっていった。代表例は韓国最大部数の日刊紙、朝鮮日報の記者コラムである。それは「大統領をめぐるウワサ」と題され、7月18日に掲載された。

 コラムは、7月7日の青瓦台秘書室の国会運営委員会での業務報告で、セウォル号の事故の当日、朴大統領が午前10時ごろに書面報告を受けたのを最後に、中央災害対策本部を訪問するまで7時間、会った者がいないことがわかった」と指摘。さらに大統領をめぐる、ある疑惑を提示した。コラムはこう続く。

「金室長が『私は分からない』といったのは大統領を守るためだっただろう。しかし、これは、隠すべき大統領のスケジュールがあったものと解釈されている。世間では『大統領は当日、あるところで“秘線”とともにいた』というウワサが作られた」。

 「秘線」とはわかりにくい表現だ。韓国語の辞書にも見つけにくい言葉だが、おそらくは「秘密に接触する人物」を示す。コラムを書いた記者は明らかに、具体的な人物を念頭に置いていることがうかがえる。コラムの続きはこうなっている。

 「大統領をめぐるウワサは少し前、証券街の情報誌やタブロイド版の週刊誌に登場した」

 そのウワサは「良識のある人」は、「口に出すことすら自らの品格を下げることになってしまうと考える」というほど低俗なものだったという。ウワサとはなにか。

 証券街の関係筋によれば、それは朴大統領と男性の関係に関するものだ。相手は、大統領の母体、セヌリ党の元側近で当時は妻帯者だったという。だが、この証券筋は、それ以上具体的なことになると口が重くなる。さらに「ウワサはすでに韓国のインターネットなどからは消え、読むことができない」ともいう。一種の都市伝説化しているのだ。

コラムでも、ウワサが朴大統領をめぐる男女関係に関することだと、はっきりと書かれてはいない。コラムの記者はただ、「そんな感じで(低俗なものとして)扱われてきたウワサが、私的な席でも単なる雑談ではない“ニュース格”で扱われているのである」と明かしている。おそらく、“大統領とオトコ”の話は、韓国社会のすみの方で、あちらこちらで持ちきりとなっていただろう。

 このコラム、ウワサがなんであるかに言及しないまま終わるのかと思わせたが途中で突然、具体的な氏名を出した“実名報道”に切り替わった。

 「ちょうどよく、ウワサの人物であるチョン・ユンフェ氏の離婚の事実までが確認され、ウワサはさらにドラマティックになった」

 チョン氏が離婚することになった女性は、チェ・テミンという牧師の娘だ。チョン氏自身は、大統領になる前の朴槿恵氏に7年間、秘書室長として使えた人物である。

コラムによると、チョン氏は離婚にあたり妻に対して自ら、財産分割及び慰謝料を請求しない条件を提示したうえで、結婚している間に見聞きしたことに関しての「秘密保持」を求めたという。

 証券筋が言うところでは、朴大統領の“秘線”はチョン氏を念頭に置いたものとみられている。だが、「朴氏との緊密な関係がウワサになったのは、チョン氏ではなく、その岳父のチェ牧師の方だ」と明かす政界筋もいて、話は単純ではない。

 さらに朝鮮日報のコラムは、こんな謎めいたことも書いている。

 チョン氏が最近応じたメディアのインタビューで、「『政府が公式に私の利権に介入したこと、(朴槿恵大統領の実弟の)朴志晩(パク・チマン)氏を尾行した疑惑、(朴大統領の)秘線活動など、全てを調査しろ』と大声で叫んだ」

 具体的には何のことだか全く分からないのだが、それでも、韓国の権力中枢とその周辺で、なにやら不穏な動きがあることが伝わってくる書きぶりだ。

ウワサの真偽の追及は現在途上だが、コラムは、朴政権をめぐって「下品な」ウワサが取り沙汰された背景を分析している。

 「世間の人々は真偽のほどはさておき、このような状況を大統領と関連付けて考えている。過去であれば、大統領の支持勢力が烈火のごとく激怒していただろう。支持者以外も『言及する価値すらない』と見向きもしなかった。しかし、現在はそんな理性的な判断が崩れ落ちたようだ。国政運営で高い支持を維持しているのであれば、ウワサが立つこともないだろう。大統領個人への信頼が崩れ、あらゆるウワサが出てきているのである」

 朴政権のレームダック(死に体)化は、着実に進んでいるようだ。

 

起訴状全文

 

 被告は1991年4月、産経新聞に入社し、2004年9月から2005年3月ごろまで、産経新聞ソウル支局で研修記者として活動し、2010年11月1日付で産経新聞ソウル支局長(注)として発令を受け、約4年間特派員として勤務している日本人である。

 

 被告は14年4月16日に発生したセウォル号事故に関連し、朴槿恵大統領の当日の日程が論じられた14年7月18日付の朝鮮日報「大統領を取り巻く噂」というコラムに「大統領府秘書室長の国会答弁を契機に、セウォル号事故発生当日、朴槿恵大統領が某所で秘線とともにいたという噂が作られた」などの文章が掲載されたことを見つけるや、その噂の真偽可否に対して当事者および関係者らを対象に、事実関係を確認しようとの努力などをしないまま、上記コラムを一部抜粋、引用し、出所不明の消息筋に頼り、あたかもセウォル号事故当日、被害者、朴槿恵大統領が被害者、チョン・ユンフェと一緒にいたとか、チョン・ユンフェもしくはチェ・テミンと緊密な男女関係だという根拠なき噂が事実であるかのように報道する記事を掲載しようと考えた。

 

 被告は14年8月2日ごろ、産経新聞ソウル支局の事務室でコンピューターを利用し、被害者、朴槿恵大統領と被害者、チョン・ユンフェの噂に関する記事を作成した。

 

被告は「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明…誰と会っていた?」というタイトルのもと、「調査機関『韓国ギャラップ』によると、7月最終週の朴槿恵大統領の支持率は前週に続いての40%となった。大統領の権威はいまや見る影もないことを物語る結果となった。こうなると噴き出してくるのが大統領など権力中枢に対する真偽不明のウワサだ。こうした中、旅客船沈没事故発生当日の4月16日、朴大統領が日中、7時間にわたって所在不明となっていたとする『ファクト』が飛び出し、政権の混迷ぶりが際立つ事態となっている。(ソウル 加藤達也)」と書き出し、  

上記、朝鮮日報コラムの内容中、「金(大統領府秘書)室長が『私は分からない』といったのは大統領を守るためだっただろう。しかし、これは、隠すべき大統領のスケジュールがあったものと解釈されている。世間では『大統領は当日、あるところで“秘線”とともにいた』というウワサが作られた」などという噂と関連した部分を中心に引用し、「証券街の関係筋によれば、それは朴大統領と男性の関係に関するものだ。相手は、大統領の母体、セヌリ党の元側近で当時は妻帯者だったという。だが、この証券筋は、それ以上具体的なことになると口が重くなる。さらに『ウワサはすでに韓国のインターネットなどからは消え、読むことができない』ともいう。一種の都市伝説化しているのだ」「証券筋が言うところでは、朴大統領の“秘線”はチョン氏を念頭に置いたものとみられている。だが、『朴氏との緊密な関係がウワサになったのは、チョン氏ではなく、その岳父のチェ牧師の方だ』と明かす政界筋もいて、話は単純ではない」との内容の記事を作成した。

被告は、上記のように作成した記事をコンピューターファイルに保存した後、日本・東京にある産経新聞本社に送信し、8月3日正午、産経新聞インターネット記事欄に掲載した。

 

 しかし事実はセウォル号事故発生当日、被害者、朴槿恵大統領は青瓦台の敷地内におり、被害者、チョン・ユンフェは青瓦台を出入りした事実がないうえに、外部で自身の知人と会い昼食をともにした後、帰宅したため、被害者らが一緒にいたとの事実はなく、被害者、朴槿恵大統領と被害者、チョン・ユンフェやチェ・テミンと緊密な男女関係がなかったにもかかわらず、被告は前記したように、当事者および政府関係者らを相手に事実関係確認のための最小限の処置もなく、「証券界の関係者」あるいは「政界の消息筋」などを引用し、あたかも朴槿恵大統領がセウォル号事故発生当日、チョン・ユンフェとともにおり、チョン・ユンフェもしくはチェ・テミンと緊密な男女関係であるかのように虚偽の事実を概括した。

 

 結局、被告は被害者らを批判する目的で情報通信網を通して、公然と虚偽の事実を際立たせて、被害者らの名誉をそれぞれ毀損した。

 

熊坂隆光・産経新聞社代表取締役社長の声明(2014年10月8日)

 

 産経新聞は、加藤達也前ソウル支局長がソウル中央地方検察庁により、情報通信網法における名誉毀損(きそん)で起訴されたことに対し、強く抗議するとともに、速やかな処分の撤回を求める。韓国はもとより、日本はじめ民主主義国家各国が憲法で保障している言論の自由に対する重大かつ明白な侵害である。

 

 産経新聞のウェブサイトに掲載された当該コラムに韓国大統領を誹謗(ひぼう)中傷する意図はまったくない。内容は韓国旅客船セウォル号沈没事故当日、7時間所在が明確ではなかった朴槿恵大統領の動静をめぐる韓国国内の動きを日本の読者に向けて伝えたものである。これは公益に適(かな)うものであり、公人である大統領に対する論評として報道の自由、表現の自由の範囲内である。

 

 ところが、検察当局の取り調べの過程では、明らかに表現の自由を侵害する質問が繰り返された。しかも、加藤前支局長は60日に及ぶ出国禁止措置で行動、自由を束縛された上での本日の起訴である。

 

そもそも、日本の報道機関が日本の読者に向けて、日本語で執筆した記事を韓国が国内法で処罰することが許されるのかという疑問を禁じ得ない。

 

 日本新聞協会をはじめ、ソウル外信記者クラブ、日本外国特派員協会、国境なき記者団といった内外の多くの報道機関、団体が強い懸念などを表明し、国連や日本政府も事態を注視する中で今回の検察判断は下された。これは、自由と民主主義を掲げる韓国の国際社会における信用を失墜させる行為である。報道の自由、表現の自由が保障されてはじめて、自由で健全な議論がたたかわされ民主主義は鍛えられる。韓国当局が一刻も早く民主主義国家の大原則に立ち返ることを強く求める。

 

 今後も産経新聞は決して屈することなく、「民主主義と自由のためにたたかう」という産経信条に立脚した報道を続けていく。

 

 

出国禁止3カ月 あくまで起訴撤回を求む(2014年10月17日配信『産経新聞』−「主張」)

 

 異様な状態が続いている。日韓両国にとどまらず、欧米の民主主義国からも批判の声が相次いでいる。韓国は報道、表現の自由に反する起訴をそれでも維持するのか。

 あくまで起訴処分の撤回を求める。

 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領に関するコラムをめぐり、名誉毀損(きそん)で在宅起訴された産経新聞ソウル支局の加藤達也前支局長に対する出国禁止措置が3カ月間延長された。

 加藤前支局長はソウル中央地検から3度にわたる事情聴取を受けるなど、出国できない状態がすでに2カ月以上続いている。

 検察当局による捜査は終了しており、証拠隠滅を図る恐れはない。公判への出廷も確約している。加藤前支局長は逃げも隠れもしないし、その必要もない。

 韓国の出入国管理法第4条には「出国を禁止する必要がないと認める際には、直ちに出国禁止を解除しなければならない」とある。第6条には「出国禁止は必要最小限の範囲で行われなければならない」ともある。

 加藤前支局長の出国は、当然、認められなくてはならない。

 それ以前に、名誉毀損による起訴そのものが不当である。公人中の公人である大統領に対する論評が名誉毀損に当たるなら、そこに民主主義の根幹をなす報道、表現の自由があるとはいえない。

 日本新聞協会は15日、起訴を「言論の自由を侵害し、人々の知る権利に応えるための取材活動を萎縮させる行為である」として、速やかな処分の撤回を求める決議を採択した。

 菅義偉官房長官は出国禁止に「人道上大きな問題だ」と懸念を示し、起訴については「国際社会の常識と大きくかけ離れている。民主国家としてあるまじき行為と言わざるを得ない」と述べた。

 韓国野党にも「言論の自由がない国であることを世界に広めてしまった」「国益を損ねた」といった批判がある。

 国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」は非難声明を繰り返し、米紙ウォールストリート・ジャーナルは厳しく批判する社説を掲載した。これらの声は、韓国の検察・司法当局、大統領府にも届いているだろう。

 重ねて求めたい。まず加藤前支局長の出国を許可すべきだ。その上で起訴処分についても再考し、これを撤回すべきである。

 

産経記者起訴 言論の自由脅かす行為(2014年10月10日配信『北海道新聞』−「社説」)

 

 これでは言論の自由を認めないと言っているに等しい。

 韓国のソウル中央地検は産経新聞の加藤達也前ソウル支局長(48)を情報通信網法上の名誉毀損(きそん)罪で在宅起訴した。

 加藤氏が産経新聞ウェブサイトに掲載した朴槿恵(パククネ)大統領の動静に関するコラムが大統領の名誉を傷つけたという理由だ。

 報道の自由を保障しているはずの韓国で、外国メディアの記者が報道をめぐり刑事責任を問われるのは極めて異例だ。加藤氏は容疑事実を否認している。

 朴政権の意向が強く働いているようだ。これでは三権分立が機能しているとはとても言えない。

 国内外から批判が出ており、民主主義国家である韓国のイメージダウンは避けられない。

 報道の自由は、国民の知る権利を守るうえで欠かせない。在宅起訴の撤回を求めたい。

 コラムの掲載は8月上旬だ。

 旅客船セウォル号が沈没した4月16日、朴氏が男性と密会していたのではないかとのうわさを朝鮮日報などから引用して伝え、政権のレームダック(死に体)化が進んでいるなどと指摘した。

 市民団体の告発を受けた地検は加藤氏を3度にわたり聴取した。同氏には東京本社への異動が発令されたが、出国禁止状態が続いている。

 沈没事故は修学旅行の高校生ら多くの犠牲者を出した。最高権力者の当日の動静を伝えることには公共性があるだろう。

 産経新聞の報道は朴政権に批判的だ。だからといって在宅起訴するなら、言論の統制である。

 日本新聞協会は捜査段階で「報道の自由が脅かされる」と談話を発表した。韓国メディアも今回の司法手続きに疑問を呈している。

 「被害者」の朴氏は起訴を拒否できる立場だったが、事実上容認した。言論には言論で反論できたはずなのに残念だ。韓国が民主化運動の末、言論の自由を勝ち得たことを思い出してほしい。

 検察が朴政権の意向を反映したのも韓国大統領は国家元首として絶大な権力を握るからだ。だからこそ一層の自重が求められる。

 日韓両国は11月の首脳会談実現に向け調整を進めている。

 辛口の批判でも報道の自由は民主主義国家共通の原則だ。韓国政府はぜひ理解してもらいたい。

 日本政府は韓国側に事態を深く憂慮すると伝えた。だが、今回の件をもって関係改善の動きに水を差すことがあってはならない。

 

エ・アロール?((2014年10月11日配信『河北新報』−「河北抄」)

 

古川柳に<通り抜け無用で通り抜けが知れ>という。「通り抜け無用」という通行禁止の張り紙をすれば、逆に近道を教えたようなもの。張り紙の主の考えとは裏腹に、無断で通る人が、かえって増えてしまった

▼江戸の川柳をつい思い浮かべてしまう。「ただのゴシップ記事だ」と笑ってやり過ごせば、それほど関心を引くような内容ではなかったものを。大げさに騒ぎ立て、拳を振り上げ、ついには名誉毀損(きそん)で記者を在宅起訴したという

▼ソウルの検察が産経新聞の前支局長を起訴し、外交問題に発展しそうな様子だ。記者は現地新聞の朝鮮日報の記事を引用しながら、ウェブサイトにコラムを載せた。内容は周知のように、朴槿恵大統領をめぐる男性のうわさ話

▼「韓国という国は自由な言論を弾圧する国です」と、世界に自ら吹聴しているようなもの。韓国政府の政治姿勢に対し、批判的論調の多い産経新聞への嫌がらせでもあるだろう。国の対応としては誠に狭量と言うほかない

▼「エ・アロール?(それがどうかしたの)」。フランスのミッテラン元大統領は女性問題を突かれ、そう答えた。自由、平等、博愛の国の記者も、笑ってそれ以上は聞かない。大人の対応というものだ。さて、韓国は振り上げた拳をどう収め、幕引きを図るのか。

 

産経記者起訴 報道の自由踏みにじる(2014年10月16日配信『デイリー東北』−「時評」)

 

 韓国検察当局は朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を毀損(きそん)したとして、産経新聞のウェブサイトに掲載した記事を書いた加藤達也・前ソウル支局長を情報通信網法違反罪で在宅起訴した。国家元首の行動に関する記事を理由に海外メディアの記者を起訴したことは報道の自由への重大な侵害だ。

 問題になった記事は、旅客船沈没事故が起きた4月16日、朴氏が7時間にわたり所在が確認されなかったとした上で韓国紙・朝鮮日報のコラムや「証券街の関係筋」を引用する形で朴氏が特定の男性と会っていたのではとのうわさを紹介した。

 検察当局は、起訴に踏み切った理由として加藤氏が最低限の裏付け取材もせず虚偽の事実を記事にし、朴氏らの名誉を毀損したと説明した。

 だが検察当局の判断には強い疑問を抱かざるを得ない。

 大統領府高官は産経新聞ウェブサイトの記事掲載から4日後の8月7日、「責任を強力に、最後まで追及する」と述べた。報道の自由を尊重した法の厳格な運用ではなく、権力側の意向を忖度(そんたく)したことがうかがえる。

 加藤氏も「検察は権力の意向に逆らい私を不起訴にすることはできなかったと思う」と述べている。

 産経新聞の記事が韓国紙や証券街でのうわさを引用したものとはいえ、大統領という最高権力者が記事に反発して公権力を行使するならば、民主社会における法治主義を踏みにじるものだ。

 一方で、産経新聞の記事に引用された朝鮮日報のコラムについては、検察側は捜査をしておらず、法の運用の不公正さを抱かせる。海外メディアは韓国紙などの記事を引用して書くことも難しくなりかねない。

 韓国は独裁政権下での言論弾圧を経て、今は民主主義が進展し、言論・出版の自由も憲法で保障されている。

 今回の在宅起訴は、民主国家としての国際的なイメージを損ないかねない。米政府も懸念を表明し、日本新聞協会、ソウル外信記者クラブ、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」なども強い懸念を示した。

 菅義偉官房長官は「報道の自由」の観点から、民主主義社会の常識と「大きくかけ離れている」と強く非難した。

 在宅起訴の背景には、歴史認識問題を背景にした日韓間の感情的対立が影を落としているとの見方もある来年の日韓国交正常化50年を控え、冷え込んでいる日韓関係に修復の動きも出ていた。関係改善に向けた努力が求められる。

 

産経記者起訴 韓国が失うものは大きい(2014年10月12日配信『新潟日報』−「社説」)

 

 産経新聞がウェブサイトに掲載した記事が朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を毀損(きそん)したとして、韓国の検察当局が記事を書いた前ソウル支局長を在宅起訴した。

 報道の自由は民主主義社会で最も重要な原則の一つだ。

 民主化がなって久しく、経済も発展した韓国でこうした事態に至ったのは驚きだ。報道の自由に制約がある国という評価が国際的に広まりかねない。

 8月3日に掲載された記事は、旅客船セウォル号の沈没事故が起きた4月16日、朴氏が7時間にわたり所在が確認されなかったことについてのものだ。

 韓国内の報道や「関係筋」の話などを引用し、朴氏が特定の男性と会っていたのではとのうわさを紹介している。

 検察は、前支局長が最低限の裏付け取材をせず虚偽の事実を記事にし、朴氏らの名誉を毀損し、反省もないと説明した。

 前支局長は記事には公益性があり正当とし、産経新聞社は「強く抗議し処分の撤回を求める」とする社長声明を出した。

 「事件は検察が捜査し裁判所が判断する」として大統領府は自らの関与を否定している。

 だが、大統領府高官が「責任を最後まで追及する」と発言したことなどから、検察が大統領側の意をくんで起訴に踏み切った可能性が指摘されている。

 また、政府が名誉毀損罪を使って批判的な報道をけん制することが韓国内ではあった。

 こうした前時代的ともいえる韓国社会の実態があらためて示されたことによって、韓国自身が被る傷は小さくない。

 取材手法や表現の仕方に問題があったのなら、批判を正面から受け止め、反省しなければならない。それはメディア自身が自らに問うべき問題であろう。

 今回の起訴は的外れであり、明らかに行き過ぎだ。

 大統領は公人であり、国情が違うとはいえ、これに名誉毀損を当てはめるのはどうか。一般市民ではなく、反論の機会や力には事欠かないはずである。

 歴史問題などで韓国に批判的な報道姿勢への対立感情が背景にあるのなら、恣意(しい)的な権力行使のそしりは免れまい。

 韓国当局は8月7日から前支局長の出国を禁じている。裁判となれば判決の確定まで数カ月は出国できない恐れがあり、それは人権侵害ともいえる。起訴の取り下げを求めたい。

 最近、関係修復の兆しが見え始めた日韓関係に水を差しかねないことが懸念される。

 マスコミ関係団体や日本政府が韓国に対し、強い抗議の意思表示をしたのは当然だ。

 大事なのは、民主主義の価値を共有する国同士として、冷静に話し合う姿勢を保つことだ。従軍慰安婦問題での韓国の国際的な発信に対抗する意図など絡めると、話がこじれよう。

 韓国だけの問題ではない。「報道の自由度」は欧米に劣る日本だ。特定秘密保護法をはじめ、危険な動きに目を凝らしたい。

 

支局長起訴 韓国政治の信用損なう(2014年10月10日配信『信濃毎日新聞』−「社説」)

 

 韓国の検察当局が産経新聞の前ソウル支局長を在宅起訴した。同紙のウェブサイトに載せた記事により、朴槿恵大統領の名誉を傷つけた罪である。

 メディアによる政治家の言動のチェックは、民主政治の健全な運営に欠かせない。前支局長が処罰される展開になれば、韓国は「報道の自由を制約する国」との評価を受けるだろう。

 国の信用を守るためにも、当局は起訴を取り下げるべきだ。

 問題とされているのは、サイトに8月3日付で掲載した「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」と題する記事。旅客船セウォル号が沈没した4月16日に7時間にわたり、大統領の所在が不明だったとされていることを取り上げた。

 国会での議論や韓国紙コラムの紹介に加え、「証券街の関係筋」の情報として、「大統領と男性の関係に関するもの」との表現で男女関係に言及している。

 この記事に対し韓国の市民団体が名誉毀損(きそん)の疑いで告発。検察当局が支局長を出国禁止にして事情聴取を続けてきた。

 記事はうわさ話を基に構成されている。真偽の確かめようがない情報を「産経」の名を冠したサイトに載せたのは、軽率だったと言われても仕方ない。

 韓国の大統領は直接投票で選ばれる。国家と国民を代表する元首である。記事にするときは、たとえ批判的に取り上げる場合でも節度があってしかるべきだ。記事にはその点でも疑問が残る。

 以上を割り引いても、今度の起訴には問題が多い。外国メディアが国外のサイトに載せた記事に対し国内法を適用して罪を問うのは無理がある。権力の乱用だ。

 日本新聞協会、日本ペンクラブ、パリに本部を置く国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」など、世界のジャーナリスト団体から「懸念」や「憂慮」の声が出るのは当然である。

 韓国では1980年代まで、クーデターで実権を握った軍人出身の政権が続いた。民主化運動は弾圧され、メディアの報道も当局の制約の下に置かれた。

 その後、直接大統領制を導入した民主化宣言(87年)、民主化運動リーダー金大中氏の大統領就任(98年)などを通じ、政治の改革とイメージ転換を着実に進めて今日に至っている。

 今度の訴追は韓国政治に強権的な体質が根強く残っていることをあらためて世界に印象づけている。残念なことだ。

 

産経記者起訴―大切なものを手放した(2014年10月10日配信『朝日新聞』−「社説」)

 

 韓国の朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を著しく傷つけたとして、産経新聞の前ソウル支局長が韓国の検察当局に在宅起訴された。

 記事がウェブサイトに掲載されて2カ月余り。処分の決定に異例の長さを要したのは、最後まで迷った結果とみられる。

 韓国は、他の先進国と同様に自由と民主主義を重んじる国のはずだ。内外から批判を招くことはわかっていただろう。

 韓国の法令上、被害者の意思に反しての起訴はできないため、検察の判断には政権の意向が反映されたとみられる。

 その判断は明らかに誤りだ。報道内容が気にいらないからといって、政権が力でねじふせるのは暴挙である。

 今回の問題が起きる前から、朴政権の関係者は、産経新聞や同じ発行元の夕刊紙が、韓国を批判したり、大統領を揶揄(やゆ)したりする記事を掲載していることに不信の念を抱いていた。

 そんな中、独身女性の国家元首である朴氏の男性問題などが「真偽不明のうわさ」をもとに書かれたことで、怒りが増幅したのだろう。

 検察当局は、前支局長のコラム執筆について、うわさの真偽を確認する努力もせずに書いたと指摘した。確かに、この記事には、うわさの内容を裏付けるような取材結果が示されているとは言いがたい。

 だが、仮に報道の質に問題があるとしても、公権力で圧迫することは決して許されない。

 コラムの主題は、旅客船沈没事故の当日、朴氏が一時「所在不明」だったとされる問題である。この件は韓国の野党も追及しており、起訴を見送れば野党を勢いづかせるとの判断も働いたのでは、との見方もある。

 だが、韓国の報道によると、検察当局は、コラムを韓国語に翻訳してサイトに投稿した人物についても名誉毀損(きそん)の疑いで捜査を始めたという。これが事実なら、大統領批判に加わった者は、容赦なく国家権力を発動して狙い撃ちする、と受け取られてもしかたあるまい。

 今回の措置は、言論の自由を脅かしただけにとどまらない。

 韓国は近年、「グローバルコリア」をスローガンに20カ国・地域首脳会議(G20サミット)や核保安サミットを開催するなど、世界での存在感を着々と強めてきた。平昌(ピョンチャン)冬季五輪の開催は4年後に迫る。

 だが、そんな国際社会でのイメージも傷ついた。

 かけがえのない価値を自ら放棄してしまったという厳しい現実を、大統領自身が真剣に受け止めるべきである。

 

産経前支局長 韓国ならではの「政治的」起訴(2014年10月10日配信『読売新聞』−「社説」)

 

 民主主義国家が取るべき対応からかけ離れた公権力の行使である。

 韓国のソウル中央地検が、産経新聞の前ソウル支局長を、情報通信網法に基づく名誉毀損きそん罪で在宅起訴した。産経新聞のサイトに8月に掲載した記事で、朴槿恵大統領の名誉を傷つけたという理由だ。

 刑事責任の追及を明言していた韓国大統領府の意向に沿った政治的な起訴だろう。報道への圧力は、到底容認できない。

 朴政権に不都合な記事を掲載した日本の報道機関に対し、韓国内の反日感情を背景に、制裁を加える意図はなかっただろうか。

 報道の自由は、民主主義社会を形成する上で不可欠な原則だ。

 民主政治が確立した国では、報道内容を理由にした刑事訴追は、努めて抑制的であるのが国際社会の常識である。

 韓国に拠点を置く海外報道機関で構成する「ソウル外信記者クラブ」は、報道の自由の侵害につながりかねない、と「深刻な憂慮」を表明した。

 問題の記事は、韓国有力紙、朝鮮日報のコラムを引用し、4月の旅客船セウォル号沈没事故の当日、朴氏が男性と会っていたという「ウワサ」があると報じた。

 別の男性との「緊密な関係」をにおわせる「政界筋」の情報も独自に付け加えた。

 起訴状は、こうしたうわさが虚偽であることが確認されたと断じている。前支局長がインターネットを通じて、「虚偽の事実を際立たせた」とも主張する。

 前支局長が風評を安易に記事にしたことは、批判されても仕方がない。だが、刑事訴追するのは、行き過ぎである。60日以上に及ぶ出国禁止処分も、移動の自由という基本的人権を侵害している。

 産経新聞は、公人である大統領の動静に関する記事は「公益に適かなう」と強調し、起訴処分の撤回を求めている。

 政治家のように反論の機会がある公人と、それがない私人では、名誉を傷つけられた際の対応に、差があってしかるべきだ。

 大統領府が産経新聞に抗議し、当日の行動記録を国会に示したことで、朴氏の名誉は既に回復されたはずではないか。

 岸田外相は起訴を受け、「報道の自由と日韓関係に関わる」と遺憾の意を表明した。外相は8月と9月の日韓外相会談で、韓国側に慎重な対応を求めていた。

 起訴の強行は、外交問題に発展し、日韓関係の修復を一層難しくしかねない。

 

産経記者起訴 韓国は報道の自由守れ(2014年10月9日配信『東京新聞』−「社説」)

   

 

 韓国の司法当局が大統領の動静を書いた産経新聞の前ソウル支局長を起訴したのは、報道、表現の自由を脅かすものだ。名誉毀損(きそん)の適用が広がれば、権力を監視する記事は書けなくなってしまう。

 ソウル中央地検は産経新聞のウェブサイトに掲載されたコラムが朴槿恵大統領の名誉を傷つけたとして、筆者の加藤達也・前ソウル支局長を情報通信網法に基づく名誉毀損罪で在宅起訴した。

 言論の自由が憲法で保障される民主主義国家で、メディアの政権報道と論評に対して国家が刑事罰を持ち出すのは異例のことだ。しかも外国の新聞が対象になった。

 加藤氏は国会審議や韓国紙報道の引用に加え、韓国国内の情報も集めて、フェリー「セウォル号」沈没事故が起きた四月十六日に朴大統領が七時間、所在不明であり、特定の男性と会っていたうわさがあるとの記事を書いた。

 起訴状によると、朴氏は当日、大統領府にいて男性も別の場所にいたとし、加藤氏は事実確認を怠って記事を書き、朴氏の名誉を毀損したとしている。また、産経の記事が「朴氏と男性の関係」という表現を使い、「大統領に緊密な男女関係があるかのような虚偽の事実を書いた」と指摘した。

 ソウル駐在である加藤氏は大統領のプライバシーについて、さらに事実確認をすべきではなかったかという疑問は残るが、フェリー事故は各国で大きく報道され、公人である大統領の当日の動静を書いた記事は公益に適(かな)うものだ。

 記事は韓国紙「朝鮮日報」コラムをベースにしている。同紙にはおとがめなしで、産経だけ訴追したのは説得力に欠ける。韓国メディアを引用した記事が名誉毀損に当たるというのなら、外国の報道機関はこれから韓国の記事を十分書けなくなってしまうだろう。

 韓国メディアは産経の記事について、不確かな情報で大統領の権威を傷つけたと批判する一方で、起訴によって報道・表現の自由が損なわれ、国際的な信用を失いかねないと指摘する。国内ネットメディアなども提訴し、批判には法的措置で対抗する朴政権の強権体質を警戒する声も出ている。産経への訴追は民主主義国・韓国の評価にも影響するのではないか。

 日本政府は起訴を強く非難し、韓国側に懸念を伝えた。ようやく修復の機運が見えた日韓関係への影響を、最小限に抑える努力も併せて必要だ

 

「自由言論実践宣言」(2014年10月10日配信『東京新聞』−「筆洗」)

 

今からちょうど40年前の10月、韓国紙・東亜日報の記者たちは「自由言論実践宣言」なる文書を発表した

▼<われらは、今日わが社会が当面している未曽有の難局を克服しうる道が、言論の自由な活動にあることを宣言する…自由言論は、いかなる口実によっても抑圧することができないし、誰であろうともこれに干渉することはできないことを宣言する>(池明観(チミョンクワン)著『韓国 民主化への道』)

▼当時の韓国は朴正熙(パクチョンヒ)大統領の強権政治の下にあった。国民は知りたいことを知ることができず、言いたいことも言えなかった。そんな時代に、記者たちが意を決して出したのが「宣言」だった

▼朴政権は、東亜日報に広告を出さないよう、企業に圧力をかけた。東亜日報が広告面を白紙にした新聞を出すと、市民らが「広告主」として手を挙げた。白紙の面を意見広告で埋めて新聞社を支援しようとしたのだ

▼そういう闇の中で小さな光を消されては灯(とも)し直すことの積み重ねで、かの国は民主化を果たした。その韓国で、産経新聞の前特派員が書いた記事が朴槿恵(クネ)大統領の名誉を損ねたとして、検察が起訴に踏み切った。問題の記事への評価は様々だろう。だが、報道に対し、力で応じることを看過すればどうなるか。韓国の言論人は、よく知っているはずだ

▼40年前の「宣言」の精神を、白紙に戻すようなことはしてほしくない。

 

報道の自由侵害と日韓関係悪化を憂う(2014年10月10日配信『日経新聞』−「社説」)

 

 報道の自由という観点からも、日韓関係の先行きを考えるうえでも極めて憂慮すべき事態である。ソウル中央地検が朴槿恵(パク・クネ)大統領の動静に関する記事を書いた産経新聞の前ソウル支局長を、情報通信網法に基づく名誉毀損罪で在宅起訴した。

 問題となっているのは、8月に同紙のウェブサイトに掲載された記事だ。韓国の大手紙のコラムや「証券街の関係筋」の話などを紹介し、4月に起きた旅客船沈没事故の当日、朴大統領が男性と会っていたのではないかといううわさに言及した。これを受け、韓国の市民団体が刑事告発していた。

 地検は前支局長の出国を禁止するとともに、3回にわたり事情を聴いていたが、記事の内容は虚偽で事実関係の確認もしていないとし、大統領の名誉を毀損したとして在宅起訴に踏み切った。

 確かに、さしたる根拠もなく風聞に基づく記事を軽々に掲載した同紙の報道姿勢に問題がないとは言い難い。インターネット空間だからといって、何を書いてもいいわけではない。

 とはいえ、韓国の検察の対応は明らかに度を越している。報道を対象に刑事責任を追及するやり方は、自由な取材と言論の自由の権利を侵害する。米国務省も「我々は言論と表現の自由を支持する」と懸念を示す。報道の自由は最大限に尊重されなければならない。

 民主国家では通例、報道への名誉毀損罪の適用に極めて慎重な対応をとっている。検察は直ちに起訴を取り下げるべきだ。

 韓国は戦後、長らく続いた軍事独裁政権を経て、ようやく民主化を達成した。それから30年近くがたち、自由と民主主義の重みは日本と共有しているはずだ。それにもかかわらず、報道の自由を規制する動きは、韓国の対外的なイメージを大きく傷つける。韓国はそのことを肝に銘じるべきだ。

 日韓関係に与える影響も懸念される。日韓はただでさえ、歴史や領土問題をめぐって関係が冷え込んでいる。とくに日本では、いわゆる「嫌韓」の風潮も広がる。

 韓国では、産経新聞は慰安婦問題を含めて同国に最も厳しいメディアとして知られる。仮に検察が大統領府の意向を踏まえ、意趣返しの意図も込めて前支局長を在宅起訴したのなら、とんでもない話だ。こうした動きは日本の「嫌韓」の流れを助長し、関係修復を一段と厳しくしてしまう。

 

似たような話(2014年10月10日配信『日経新聞』−「春秋」)

 

似たような話が日本になかったわけではない。売春防止法の制定をめぐる贈収賄、世にいう売春汚職について書いた記事の中身が名誉毀損にあたるとされ、読売新聞社会部の敏腕記者、立松和博が東京高検に逮捕された事件があった。1957年(昭和32年)のことだ。

▼経緯はノンフィクションの名作「不当逮捕」(本田靖春著)に描かれている。著者は書名で立場を明らかにし、記者が刑法の名誉毀損罪に問われる異常さや、逮捕の背後に検察の権力争いがあったことなどをつまびらかにした。それから半世紀あまり、言論の自由という同じ価値観を持つはずの国で異常なことが起こった。

▼韓国の検察当局が、朴槿恵大統領の男性関係に関する噂をネット上でコラムにした前の産経新聞ソウル支局長を、名誉毀損罪で在宅起訴した。言論の自由と重い責任は表裏である。そのことへの不断の自問が記者には必要である。それでも、起訴には不都合な記事を力で押さえ込もうという権力のおごりを見ざるをえない。

▼領土をめぐる日中韓の確執が深刻になった2年前、国民感情に与える影響を安酒の酔いにたとえたのは作家の村上春樹さんである(朝日新聞)。「安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、注意深くならなくてはならない」。安酒を飲むな。安酒に酔うな。韓国を批判しつつ、そう肝に銘じる。

 

産経記者起訴 韓国の法治感覚を憂う(2014年10月10日配信『産経新聞』−「社説」)

 

 産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長が、朴槿恵(パク・クネ)大統領の名誉を毀損(きそん)した情報通信網法違反の罪で在宅起訴された。加藤記者はすでに日本への転勤が決まっているのに、帰国できない状況になっている。

 加藤記者は4月に起きた客船セウォル号の沈没事故に関連するコラムを書き、8月3日の産経新聞電子版に掲載された。

 コラムは、沈没事故の当日に朴大統領が事故の報告を受けてから対策本部に姿を見せるまでに「空白の7時間」があったことを前提にしている。加藤記者は韓国紙のコラムを引用しながら、種々のうわさがあることを指摘し、「朴大統領と男性の関係に関するもの」という「証券街の関係筋」の話を紹介した。しかし、実際にはそのような事実は確認されていない。女性である朴大統領が強い不快感を抱いたことが起訴の背景にあるとみられる。

 とはいえ、韓国検察による今回の刑事処分は過剰反応と言わざるを得ない。青瓦台(韓国大統領府)の高位秘書官は検察が捜査に着手する前に「民事・刑事上の責任を最後まで問う」と発言していたという。検察当局では、大統領への気遣いが先行し、法律の厳格な運用という基本原則がおろそかになっているのではないかとすら思える。

 法治主義に基づく法制度の安定的な運用は、民主国家の根幹をなす重要な要素である。しかし、韓国では「法治でなく人治だ」と言われることがある。恣意(しい)的とさえ思える法運用が散見されるからだ。対馬の寺社から盗まれた仏像が、いまだに日本に返還されない現実などが分かりやすい実例だろう。

 今回の在宅起訴は、国際常識から外れた措置である。報道の内容に不満があっても、朴大統領は「公人中の公人」であり、反論の機会はいくらでもある。懲罰的に公権力を発動するやり方は、言論の自由をないがしろにするものにほかならない。

 日本新聞協会をはじめ日本記者クラブ、ソウル外信記者クラブ、国際NGOである「国境なき記者団」などは、韓国政府の姿勢に強い懸念を示している。このまま強引に有罪に持ち込もうとするなら、国際社会における韓国のイメージはひどく傷ついてしまうのではないか。韓国社会に冷静な判断を望みたい。

 菅義偉官房長官は「報道の自由への侵害を懸念する声を無視する形で起訴されたことは、日韓関係の観点から極めて遺憾だ」と批判した。最近、ようやく改善の兆しが見え始めた日韓関係である。日本のメディアを追い込み、両国関係を再び冷え込ませてしまったら、双方にとって政治的な損失になる。

 

「私には恐れたり、偽ったりする真実は一切ない(2014年10月10日配信『毎日新聞』−「余禄」)

 

 「私には恐れたり、偽ったりする真実は一切ない。だが秘密の中傷を無力化することは、秘密である以上できない」。これは第3代米国大統領ジェファーソンが奴隷を愛人にして子を産ませたとの疑惑を新聞に報じられての言葉である

▲「新聞なき政府か、政府なき新聞か、いずれかと問われれば私は迷わずに後者を選ぶ」。そう述べていた彼が「新聞の中で唯一信頼に足る真実を含むのは広告だ」という言葉を残しているのは以前の小欄で触れた。大統領として醜聞を書き立てられれば意見も変わる

▲事の真偽は「米史上最も長く続いたドラマシリーズ」と評される論争を呼び、近年のDNA鑑定で少なくとも1人の隠し子がいたことが分かった。一方、醜聞を書いた記者は政府への任官を断られた恨みでこの挙に及んだが、その件で訴追されたという話は聞かない

▲さて驚くのは現代韓国の話である。朴槿恵(パク・クネ)大統領を中傷したとして産経新聞前ソウル支局長が名誉毀損(きそん)で在宅起訴された。客船沈没事故当日の大統領の動静が論議を呼んだおりに、男性と会っていたかのような韓国内のうわさをネット上に報じたのがその罪状という

▲裏付けのない話を報じた記事の甘さには批判もあろう。だが公人中の公人をめぐる外国メディアの報道が公権力により犯罪とされるのは民主主義国の話とも思えない。在韓外国記者のクラブが「深刻な憂慮」を表明し、内外の批判や抗議が続いてきたのも当然であろう

▲誤報は否定すればいい。ジェファーソンに倣(なら)い罵倒(ばとう)するのもいい。だが新聞の自由より大統領の名誉を優先する公権力の行使は彼の許すところではあるまい。

 

前支局長起訴 一言でいえば異様である 言論自由の原点を忘れるな(2014年10月9日配信『産経新聞』−「主張」)

 

 韓国の検察当局が、産経新聞ソウル支局の加藤達也前支局長を、情報通信網法違反の罪で在宅起訴した。

 加藤前支局長の記事が朴槿恵大統領の名誉を毀損(きそん)した疑いがあるとして、ソウル中央地検が事情を聴き、60日以上の長きにわたって出国禁止措置がとられていた。

 言論の自由を憲法で保障している民主主義国家としては極めて異例、異様な措置であり、到底、これを受け入れることはできない。韓国の司法当局は、速やかに処分を撤回すべきだ。

 日本と韓国の間には歴史問題などの難題が山積し、決して良好な関係にあるとは言い難い。

 それでも、自由と民主主義、法の支配といった普遍的価値観を共有する東アジアの盟友であることに変わりはない。

 報道、言論の自由は、民主主義の根幹をなすものだ。政権に不都合な報道に対して公権力の行使で対処するのは、まるで独裁国家のやり口のようではないか。

 問題とされた記事は8月3日、産経新聞のニュースサイトに掲載されたコラムで、大型旅客船「セウォル号」の沈没事故当日に朴大統領の所在が明確でなかったことの顛末(てんまつ)について、地元紙の記事や議事録に残る国会でのやりとりなどを紹介し、これに論評を加えたものである。

 韓国の市民団体の告発を受けて行われた前支局長に対する事情聴取は3度にわたり、うち2回は長時間に及んだ。この間、実質的に取材活動も制限された。

 韓国「情報通信網法」では、「人を誹謗(ひぼう)する目的で、情報通信網を通じ、公然と虚偽の事実を開示し、他人の名誉を毀損した者」に対して7年以下の懲役などの罰を規定している。

 だが、名誉毀損については同国の刑法でも「公共の利益に関するときは罰せられない」と定めている。大統領は、有権者の選挙による公人中の公人であるはずだ。

 大型旅客船「セウォル号」の沈没事故は、多くの修学旅行中の高校生が犠牲になったこともあり、日本国内でも大きな関心事となった。乗客を船内に残して真っ先に逃げた船長らの行動や、運航会社の過積載に注目が集まる中、大統領府をはじめとする行政の事故対応も焦点のひとつだった。

重大事故があった際の国のトップの行動について、国内の有力紙はどう報じたか。どのようなことが国内で語られていたか。

 これを紹介して論じることが、どうして公益とは無縁といえるのだろう。

 記事中にある風評の真実性も問題視されているが、あくまでこれは「真偽不明のウワサ」と断った上で伝えたものであり、真実と断じて報じたものではない。そうした風評が流れる背景について論じたものである。

 付け加えるなら、記事の基となった朝鮮日報のコラムについては、同社もコラムニストも処罰の対象とはなっていない。

 国内のメディアによる報道ではなく、日本の特派員が日本向けに報じた内容を問題視して公権力を行使したことは、民主主義国家としては一層、異様に映る。

 韓国検察当局による加藤前支局長への捜査について、日本新聞協会の編集委員会は、近藤勝義代表幹事名で「報道機関の取材・報道活動の自由、表現が脅かされることを強く懸念する」などとする談話を発表していた。

 国境なき記者団や日本外国特派員協会、日本ペンクラブなども「懸念」や「憂慮」を表明した。国連事務総長報道官も「国連は常に『報道の自由』や『表現の自由』を尊重する側に立つ」と強調していた。

 国内外のメディアや関係者が注視してきた中での起訴である。韓国司法当局は、このことが世界の先進諸国の中でどう受け取られるか、吟味し直すべきだ。

 米紙ニューヨーク・タイムズは最近、旅客船沈没事故を題材に朴大統領らを戯画化した絵画が「明白な政治的意図」を理由に韓国の美術展、光州ビエンナーレへの展示を拒否された経緯を伝えた。

 絵画制作の中心になった画家は、韓国が「朴政権下で表現の自由弾圧という父親の(朴正煕大統領)時代の慣行に回帰した」と話しているという。

 朴大統領にとっても、こうした批判を受けることは決して本意ではないだろう。重ねて申し入れる。加藤前支局長の起訴処分は、撤回すべきだ。

 

国民情緒法(2014年10月10日配信『産経新聞』−「産経抄」)

 

 「国民情緒法」という言葉を、昨年10月の「ニューズウィーク日本版」の記事で知った。法律より国民感情を優先するという、見えざる法が、韓国に存在するというのだ。

▼韓国の人々の豊かな感情表現は、民族としての美質のひとつかもしれない。ただ残念ながら、それが「反日」の形をとると、司法でさえ暴走してしまう。確かに思い当たる、とんでもない司法判断が近年、相次いでいる。

▼戦時中に日本で徴用された韓国人に対し、ソウル高裁が新日鉄住金に賠償を命じたのは、昨年7月だった。これは、日韓両国で結んだ、請求権問題は解決済みとする協定を踏みにじるものだ。靖国神社の門に放火した中国籍の男が政治犯に認定され、日本側への身柄引き渡しを拒否する判決もあった。長崎県対馬市の寺から盗まれた仏像の返還も差し止められたままだ。ソウルの日本大使館前に韓国の反日団体が建てた「慰安婦」像が、違法状態のまま放置されているのは、その最たる例だろう。

▼ソウル中央地検はとうとう、小紙の加藤達也前ソウル支局長の在宅起訴に踏み切ってしまった。加藤記者がインターネット上で、日本の読者に日本語で掲載した記事が、果たして朴槿恵大統領の名誉を毀損(きそん)した罪に当たるのか。日本国内の法曹関係者は一様に首をかしげる。

▼大統領の意向を検察が忖度(そんたく)し、日本の新聞、ことさら普段から韓国内で目の敵にされている小紙の記者なら世論も納得するだろう。そんな判断が背景にあったとすれば、まさに「国民情緒法」が持ち出されたことになる。

▼韓国メディアにも、加藤記者への処分撤回を求める声を上げてほしい。このまま座視すれば、報道の自由がなかった時代への、回帰につながりかねないのだから。

 

前支局長起訴/傷ついた韓国の民主主義(2014年10月10日配信『神戸新聞』−「社説」)

 

 韓国の朴槿恵(パククネ)大統領の動静に関する記事が朴氏の名誉を傷つけたとして、韓国検察当局はおととい、産経新聞の前ソウル支局長を情報通信網法違反の罪で在宅起訴した。

 海外メディアを対象に、政府に批判的な報道を名誉毀損(きそん)で刑事責任を問うのは、きわめて異例である。

 発端は市民団体の告発だったが、当初から大統領府の反発は激しかった。その意向が検察の判断に反映しているとみるのが自然だろう。

 政権批判を処罰で抑え込めば言論の自由は損なわれ、もの言えぬ社会に陥る。韓国の民主主義に疑問符がつく決定と言わざるを得ない。

 問題の記事は8月3日に同紙サイトに掲載された。旅客船セウォル号沈没事故が起きた日の朴氏の動向について、所在が確認されていない時間帯に男性と会っていたのでは、とのうわさを交えて論評している。

 韓国国会での議論や大手紙コラムなどを引用した内容はスキャンダラスな部分を含んでおり、「国家元首への冒涜(ぼうとく)」との怒りを招いた。

 とはいえ、大統領は公人の最たるものである。あの大事故で国のトップがどう動いたかは、危機管理の要だ。風聞を基にした意に沿わない記事であっても、公権力で断罪しようという姿勢は国際社会の常識からかけ離れ、許されるものではない。

 かつての軍事政権下では、体制を引き締めるため、権力を批判する者を罰する「国家冒涜罪」が国民を縛った。その後の民主化で同罪は廃止されたが、名誉毀損罪に名を変えて復活したとの指摘もある。

 すでに朴政権は、セウォル号沈没事故に絡む報道などで政権に批判的なメディアに対し、厳しい対応を見せている。重苦しい時代を越えてきた経緯を思うとき、流れを元に戻すような強硬姿勢は気になる。

 もっとも、今回の在宅起訴に韓国内の評価が一様でないことは留意しておきたい。リベラル系の新聞は「時代に逆行」との弁護士コメントを掲載。別の中立的な新聞は、記事の引用元を検察が捜査しなかった点を、公平性の面から問題視した。

 日本政府や与党内からは、改善の機運が生まれている日韓関係への悪影響を心配する声が出ている。言うべきことはしっかり言わねばならないが、まずは朴政権が各方面からの懸念や憂慮にどう応えるか、そこを見守ることから始めたい。

 

産経記者起訴 報道の自由侵害を憂える(2014年10月11日配信『山陽新聞』−「社説」)

 

 韓国のソウル中央地検は、産経新聞がウェブサイトに掲載した朴槿恵大統領の動静に関する記事が朴氏の名誉を毀損(きそん)したとして、記事を書いた前ソウル支局長を情報通信網法違反罪で在宅起訴した。

 報道機関による取材・報道の自由、表現の自由は、民主主義の根幹をなす原則である。にもかかわらず、公人である大統領の行動に関する記事を理由に海外メディアに刑事罰を適用することは異常と言わざるを得ない。自由な取材や報道活動を脅かす極めて憂慮すべき事態である。

 問題になっているのは8月3日の記事だ。4月の旅客船セウォル号の沈没事故当日、朴氏が7時間にわたり所在不明だったとされることをめぐり、韓国の保守系大手紙・朝鮮日報のコラムや関係筋の話などを引用し、朴氏が特定の男性と会っていたのではないかとのうわさを紹介した。市民団体の告発を受けた中央地検は、前支局長が最低限の裏付け取材もせず虚偽の事実を記事にし朴氏らの名誉を毀損したと主張、起訴した。

 だが、前支局長側は記事には公益性があるとして否認している。産経新聞社の熊坂隆光社長は、記事は公益にかない、公人である朴大統領に対する論評として報道の自由、表現の自由の範囲内だと声明で訴えた。日本の報道機関が日本の読者に向けて執筆した記事を韓国が国内法で処罰することも疑問としている。

 民主主義国家では、言論の自由は最大限に尊重されなければならない。前支局長に対する捜査や起訴をめぐっては、日本新聞協会をはじめ、韓国に取材拠点を置く外国メディアで組織するソウル外信記者クラブ、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」などが「起訴強行は極めて遺憾であり、強く抗議する」などの声明を出している。

 菅義偉官房長官は「報道の自由や日韓関係の観点から極めて遺憾だ」と述べた。米国務省も「(米政府は)言論と表現の自由を支持する」として韓国の対応に懸念を示している。起訴は国際社会の常識から外れた過剰な対応であるのは明らかだろう。

 検察の姿勢には他にも疑問がある。うわさを最初に報じた朝鮮日報は処罰しない一方、産経記事を韓国語に翻訳して掲載した反政府的なサイトの関係先は家宅捜索した。

 産経新聞は歴史問題などをめぐって韓国政府に批判的なメディアとされていることもあって、起訴の背景には大統領府の意向が働いたとの指摘もある。いずれにせよ、大統領は強い権限を持った公人である。記事が不満なら反論することも可能だ。政権への批判や論評を刑事責任の追及で抑え込もうとするかのような手法は、民主国家として認められるものではない。

 言論が制約される国家とのイメージを国際社会に持たれることは、韓国にとっても好ましくなかろう。民主主義の成熟度が問われている。

 

産経前ソウル支局長起訴/韓国の判断は禍根を残す(2014年10月11日配信『山陰中央新報』−「論説」)

 

産経新聞がウェブサイトに掲載した朴槿恵大統領に関する記事について、韓国検察は名誉毀損(きそん)に当たるとの理由で同紙前ソウル支局長を在宅起訴した。過剰としかいいようのない対応は、報道や表現の自由を否定するだけでなく、言論への挑戦ともいえる。自国の立場や権益だけを主張することが、どれだけ稚拙なことかを、韓国当局はいま一度考え直すべきだ。

 韓国当局が海外メディアの自国に関する記事を問題視することは、保守、革新という政権の色合いを問わず、これまでもたびたびあった。しかし、自国の法律で裁くということは歴史的にも禍根を残す強圧的な司法判断だ。

 来年の国交正常化50年の節目を控え、関係修復に向けた動きが出始めている日韓の溝を一層深めるおそれがある。日本政府は外交ルートを通じ「遺憾」とする立場を韓国に伝えたが、当然だ。早急に起訴を撤回するよう韓国政府に求めたい。

 問題とされた記事は、韓国メディアの報道や証券界のうわさなどを引用する形で、4月に起きた旅客船セウォル号の沈没事故当日の朴大統領の所在や行動について、男女関係に絡め疑問が出ているとの見方を紹介した。

 しかし、これは新聞紙上ではなく日本語のウェブサイトに掲載された。日本語のサイトにまで自国の法律の網をかけること自体、乱暴なことこの上ない。韓国の法律が全世界に適用できる普遍的な法律だと考えているわけではあるまいが、主権侵害に近い横暴さすら感じる。

 朴大統領は、自身や政権に批判的な韓国メディアや弁護士らに対しても、刑事告発や損害賠償請求訴訟などを起こしている。批判封じに司法という国家機構を使う手法は、朴大統領の父、朴正熙元大統領時代に繰り返された軍や情報機関、警察を動員した暴力的な政治弾圧を連想させる。

 形は変えているものの、批判勢力を威嚇するという発想自体は共通している。歴史が繰り返されているのか、という懸念すら抱く。こうした批判封じの背景には、韓国特有の封建的な官僚主義も作用しているようだ。

 海外からどう見られているのか、という視点を欠いたまま、「大統領の名誉を守らなければならない」という硬直した発想が、現在の政権中枢を支配し、歯止めをかける側近がいないのかもしれない。

 言論の自由に対する締め付けを、韓国メディアだけでなく海外メディアにも広げたことは、韓国の国際的なイメージにとってもマイナスでしかない。構造的には日韓2国間の問題だが、米国からも今回の捜査に懸念が表明されていることを、韓国は真剣に受け止めるべきだろう。

 日本と韓国は、民主主義や市場経済など国家のあり方について価値観を共有するとされている。日本の政治家や政府高官が日韓関係について言及する際、こうした共通性を強調することも多い。しかし、今回の事態からは、果たして韓国が日本と理念を共有している法治国家といえるのか、という疑念を抱かざるを得ない。

 韓国は、日本との外交懸案を自ら増やしてしまった。今回の事態をどう収束させるのか、韓国の政策運営能力が問われている。

 

産経記者起訴 韓国でも報道の自由が危ない(2014年10月15日配信『愛媛新聞』−「社説」)

 

 産経新聞の前ソウル支局長が、ウェブサイトの記事で韓国の朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を毀損(きそん)したとして、情報通信網法違反罪で在宅起訴された。朴氏の意向を反映したとみられる検察の判断は、報道の自由を脅かすもので、日韓関係にも影響が懸念される。直ちに起訴を取り下げるべきだ。

 問題の記事は、旅客船セウォル号の沈没事故が起きた4月16日、朴氏の所在が7時間にわたり確認されなかったとし、韓国紙のコラムを引用しながら、特定の男性と会っていたのではといううわさを紹介した。独身女性である朴氏が強い不快感を抱いたのは容易に想像できる。明確な根拠がないうわさ話を記事にして掲載した同紙の報道姿勢も問題がないとは言い難い。

 しかし、先に書いた韓国メディアはおとがめなしで、産経の記者だけが起訴されるのは公平性を欠いている。韓国内の反日感情を背景に、日本のメディアを狙い撃ちしたと言われても仕方あるまい。

 前支局長は8月以降、3回の事情聴取を受けた。日本政府はもちろん、韓国内メディアからも批判が出た。国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」は刑事手続きの取り下げを求めていた。

 韓国では法令上、被害者の意思に反して起訴することはできない。朴氏は国際社会からの厳しい視線を十分に認識していたはずだ。「起訴しなくてもいい」と大人の対応をしてもらいたかった。

 自分に不都合な報道に対して刑事責任を追及するやり方は、民主主義の根幹である自由な取材・報道活動を妨げる行為で、断じて許し難い。

 韓国はもともと軍事独裁政権が長く、民主化されたのは27年前にすぎない。国民がようやく手に入れた報道と言論の自由が再び危機にある。このままでは言論を弾圧する国として、国際的なイメージが下がりかねないことを韓国政府は自覚するべきだ。

 日韓関係も新たな火種を抱え込むことになった。9月にニューヨークで開かれた日韓外相会談で、首脳会談実現に向けた話し合いがあったばかり。関係修復の動きに水を差す格好になってしまったのは残念でならない。

 翻って日本。政府は昨日、特定秘密保護法の運用基準を閣議決定した。秘密の範囲が曖昧なことや監視機関に実効性が期待できないなど、多くの問題点を残したまま施行しようとしている。「国境なき記者団」が発表した今年の「報道の自由度」で、日本は韓国より低い59位。ネックの一つに挙げたのが、くしくも秘密保護法の成立だった。

 菅義偉官房長官は「民主主義国家としてあるまじき行為だ」と韓国を批判したが、日本も決して胸を張れる状況ではないことを自覚すべきだ。

 

軍事政権下の韓国を(2014年10月10日配信『徳島新聞』−「鳴潮」)

 

軍事政権下の韓国を歩いたことがある。1980年代、学生は民主化を求めて、繰り返し警察と衝突していた。大学には催涙弾の煙が漂い、涙が止まらず閉口した

知り合った学生と街へ繰り出した。夜間外出禁止令が敷かれており、若者が集う店は午後10時には閉まった。これからなのにと文句を言ったところで、当然ながら取り合ってもらえなかった

別の日、別の場所で仲良くなった学生に一夜の宿を借りた。歴史認識をめぐって論争になった。秀吉の朝鮮出兵に始まり日韓併合、戦争責任。慰安婦問題は、まだ浮上していなかった。殴り合い寸前の罵倒合戦も、日が変わってしばらくすれば、さすがに飽きた。いつか異性の話に。「徴兵があるからね、恋人とは終わってしまうんだ」。彼は寂しそうに言った

 夜の街で遊んだ学生、泊めてくれた学生、それに民主化を訴えていた学生たちも社会を動かす年代になったはず。なのに不思議でならない

 産経新聞前ソウル支局長が、記事で朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を毀損(きそん)したとして在宅起訴された。先進国では考えられない報道の自由の侵害である。政権の意向も働いているという。真の民主主義、いまだ遠くといった印象だ

 言い分はあろう。でも一度、かつての友に聞いてみたい。30年前のあの日、こんな国にしたくて火炎瓶を投げたのか。

 

産経前支局長の起訴(2014年10月10日配信『佐賀新聞』−「論説」)

 

 韓国検察が朴槿恵(パククネ)大統領に関する記事をめぐり、産経新聞の前ソウル支局長を名誉毀損(きそん)罪で在宅起訴した。政治家への論評は正当な報道の範囲であり、表現の自由は民主主義の基盤といえる。韓国政府の措置は国際的な信用を失墜させ、日韓関係にひびを入れることにもなる。

 記事は旅客船セウォル号が沈没した4月16日、大統領の所在が7時間にわたり確認されなかった問題を取り上げたもの。韓国国会のやりとりや韓国紙のコラムを引用し、朴氏が男性と会っていたうわさがあることを指摘している。

 日本の読者へ向けてウェブサイトに発表されたが、韓国の保守団体が名誉毀損で告発、事実上、大統領府の意向に沿った捜査が行われてきた。韓国では政府に批判的な報道をけん制する動きは珍しくないが、海外メディアにまで対象を広げたのは異例だろう。

 セウォル号沈没事故では、救助活動のずさんさが問題になった。大統領は浸水が始まった1時間後から随時報告を受けて指示を出していたというものの、最初の報告から約7時間後も正確な状況を理解していなかった可能性が指摘されている。

 救出が遅れた理由や政府の対応を究明する上で、トップの当日の行動に関心が集まるのは当然である。産経は起訴について社長声明を出し、「大統領を誹謗(ひぼう)中傷する意図は全くなく、公人である大統領に対する論評として報道の自由、表現の自由の範囲内だ」としている。

 民主主義国家では有権者が投票で代表を選び、国のかじ取りを付託する。メディアが政治家の発言や行動、人格など全てにわたりチェックしていくのも有権者の判断に役立つ。公平な選挙と自由な議論は社会の基盤である。

 韓国は南北分断の下で軍事独裁が続いた。その時代は「国家冒?(ぼうとく)罪」によって権力者への批判が封じられていたが、1987年の民主化で廃止された。改正憲法には大統領の直接選挙や言論の自由がうたわれたが、今はそれと逆行するかのようだ。

 朴政権は沈没事故にからみ批判的なメディアに対して名誉毀損による損害賠償請求訴訟を起こし、大統領側近や情報機関が名誉毀損罪で記者や弁護士を訴える動きが常態化している。国家冒?罪が名誉毀損罪に姿を変えたのと同じ格好である。

 こうした法の運用は国際的に懸念を呼んでいる。民主主義を掲げている以上、国内、海外メディアを問わず言論を封じようという動きは許されない。また、日本の報道機関が日本の読者に向けて発信した記事を、韓国の法律で処罰することも疑問だ。

 記事を書いた前支局長は1日付で東京本社に異動したが、法相が出国禁止措置を取り続けているため帰国できずにいる。記者の行動を恣意(しい)的な行政措置で制限したのも不当である。

 今回の措置は韓国社会の未成熟さを露呈したもので、国際的な批判は必至だろう。

 引用されたコラムを書いた韓国紙記者は捜査対象になっておらず、意図的な摘発とみられる。大統領が名誉毀損罪の被害者になり得るのかは法曹界で見解が分かれているという。韓国内の健全な世論を期待したい。

 

産経記者起訴 朴政権の対応は筋違いだ(2014年10月11日配信『熊本日日新聞』−「社説」)

 

韓国の検察当局が、産経新聞の前ソウル支局長(48)を情報通信網法違反罪で在宅起訴した。同紙がウェブサイトに掲載した、旅客船沈没事故当日の朴槿恵[パククネ]大統領の動静をめぐる記事が、朴氏の名誉毀損[きそん]に当たるとの理由だ。

韓国政府が海外メディアの報道を問題視することはこれまでもあった。国内の「北朝鮮賛美」の言動が国家保安法の処罰対象となるなど、思想や表現の自由に一定の制限がある国柄ではある。

だがウェブ上とはいえ、産経新聞が日本語で報じた内容を自国の法律で裁くのは過剰としかいいようがない。報道や表現の自由を否定するだけでなく、言論への挑戦ともいえる。今回の対応は二重の意味で筋違いだ。日韓関係修復の動きが出始めている時期だけに残念でならない。仮に日韓の溝を深めても構わないというなら、歴史に禍根を残すことにもなろう。

 日本政府は外交ルートを通じて「遺憾」の立場を韓国に伝えた。米国務省報道官も「韓国の法律に懸念を有している」と表明した。民主主義を掲げる国が政権批判を処罰で抑え込んでいいのか。朴政権は国際社会の目にさらされていると自覚するべきだ。早急に起訴を撤回するよう求めたい。

 問題とされたのは「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」と題する記事。国会での議論のほか、大手紙・朝鮮日報のコラムを引用する形で、朴氏が会っていた相手をめぐる“うわさ”を紹介している。

 同大統領の事故当日の所在については、大統領秘書室長が国会で「分からない」と答弁したために韓国国内で注目が集まった。産経新聞前支局長はこうした動きを受けて記事にしたが、“うわさ”を最初に報じた朝鮮日報は問題視もされていない。産経の歴史問題をめぐる論調への反発や、国内メディアの政権との距離が捜査方針に反映されている気配もある。

 かつて軍事独裁政権下の韓国では、国家冒瀆[ぼうとく]罪が体制の引き締めに乱用された。民主化で廃止されたが、同罪は名誉毀損罪に名を変えて復活したと指摘する向きもある。だが、今回の一件は国内問題ではない。外交懸案と化してしまった。どう収束させるのか。朴政権の運営能力も問われている。

 

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【コラム】産経前支局長起訴、問題をすり替える日本(2014年10月13日配信『朝鮮日報』「日本語版」)

 

国家元首に対する日本の態度はダブルスタンダード

 

 朴槿恵(パク・クンヘ)大統領に対する名誉毀損(きそん)の罪で在宅起訴された産経新聞の加藤達也前ソウル支局長は最近、日本で言論の自由のために争う闘士として注目を集めている。加藤前支局長は産経に掲載された手記で「検事は私が記事で用いた『混迷』『不穏』『レームダック化』などの言葉を取り上げ、その使い方から誹謗(ひぼう)の意図を導き出そうと必死だった」と書いた。

 加藤前支局長は「訴訟を乱発する朴政権に、韓国国内では既に萎縮、迎合しているかのような報道も見られる」とした上で「朴政権はいったいいつまで、メディアへの弾圧的な姿勢を続けるのだろうか」と問い掛けた。

 加藤前支局長はインタビューや衛星中継されたテレビの生放送で「大統領は公人であり、十分に公益性がある記事だった」という趣旨の発言も行った。産経は加藤前支局長が起訴されたことについて「日本メディアに対する弾圧」だとした上で「言論の自由のために戦うという社是に基づき最後まで報道する」と主張した。

 加藤前支局長は本当に言論弾圧の犠牲になったのだろうか。加藤前支局長が起訴されたのは朴大統領に対する批判のせいではない。口にするのも恥ずかしい男女関係の疑惑を指摘したからだ。韓国政府は記事を装った女性大統領に対するセクハラだと判断し、記事の取り消しと謝罪を要求した。しかし、産経は「大統領批判に対する不当な干渉だ」として、かえって高圧的な態度を見せた。検察の取り調べで疑惑は事実無根であることが分かったが、産経は謝罪どころか、紙面で「韓国は言論弾圧国」だとの主張を毎日繰り返している。

 外国特派員に対する長期間の出国禁止と起訴は残念なことだが、産経のこうした報道は大統領だけでなく、韓国国民をも侮辱したものだ。朝日新聞は今年8月、32年前に報じた従軍慰安婦関連のインタビューについて、裏付けとなる証拠がないとして関連記事を取り消した。それを「誤報に対する本当の謝罪がない」と批判したメディアこそ産経だ。

 韓国を言論弾圧国だと主張する産経は、日王(天皇)に対する批判は全く認められないとの立場だ。2012年に李明博(イ・ミョンバク)大統領(当時)がある講演で植民地支配に対する日王の謝罪を要求する発言を行うと、産経は「日本国民の感情を踏みにじる暴言だ」「韓日関係を傷つける無責任な発言だ」と非難した。

 産経だけに裏表があるのではない。ある野党議員が、嫌韓デモを主導する在日特権を許さない市民の会(在特会)の幹部と写真撮影を行った女性閣僚に対し「(在特会関係者と)懇ろだっただろ」とやじを飛ばすと、安倍晋三首相は「聞くに堪えない侮辱的で下品なやじだ」と激怒。菅義偉官房長官は「女性の品格を傷つける誹謗中傷だ」と野党議員を批判した。

 その菅官房長官は加藤前支局長の起訴について「民主国家ではあるまじき行為だ」と韓国を批判した。日本政府までセクハラという事件の本質を言論の自由の問題にすり替えている。万一韓国のメディアが日本の国家元首に対し根拠のない侮辱的な記事を掲載し、言論の自由だと主張するのならば、日本の政府と国民は納得できるだろうか。

 

言論の自由で包装された前産経ソウル支局長の詭弁(2014年10月9日配信『中央日報』「日本語版」)

 

  産経新聞は10日付の1面に、韓国の検察が名誉毀損容疑で在宅起訴した加藤達也前ソウル支局長(48)が書いた長文の「手記」を載せた。彼は冒頭で「9日のソウルはさわやかな秋晴れとなった。私の今の心のようだと思った」とし、「朴政権の最大の問題である“言論の自由への狭量さ”を身をもって読者に伝えることができる機会と考えてきたからだ」と書いた。しかしいくら狭量さを認めるにしても、彼の手記にはうなずきにくかった。

  彼は「10月2日の3回目の取り調べで、検事は『(セウォル号事故当日の)大統領の所在問題が(韓国内で)タブー視されているのに、それを書いたことをどう考えるか』と聞いてきた。私はこの言葉に強い違和感を覚えた。日本では毎日、詳細に公開されている国家指導者の動静が“タブー”だというのだ。禁忌に触れた者は絶対に許さないという政権の意思を如実に示す発言だった」とした。

  加藤前支局長は巧妙に括弧を利用し、あたかも韓国では大統領のセウォル号当日の行跡を論じることがタブーであるかのように誤導した。韓国指導者の動静は細かく公開されない。365日間そうだ。韓国だけではない。米国・英国なども詳細に一般に日程を公開しない。「日本と違う」という理由で「政権の意思」云々するのは話にならない。

  また、彼は「韓国大統領府(青瓦台)で海外メディアを担当する報道官が8月5日の夕方に電話をし、『確認もせずに掲載した』とも言い放ったが、そもそも青瓦台は7月、ソウル支局の名村隆寛編集委員が書いた次期駐日大使の内定人事を伝える記事に対して、『解禁指定日時を破った』として産経新聞に1年間の出入り禁止(取材拒否)を通告していた」と書いた。立入り禁止状態だから事実確認ができなかったという主張だ。そのような「個人の事情」が正当化されるのかは二の次として、記事の関連発言は青瓦台だけでなく、すでに国会にすべて公開されていた。加藤前支局長は「訴訟を乱発する朴政権に、韓国国内では既に萎縮、迎合しているかのような報道もみられる。朴政権はいったいいつまで、メディアへの弾圧的な姿勢を続けるのだろうか」と主張した。

  韓国ほど自由に政権を批判する国も珍しいというのは、多くの日本の記者も認める部分だ。加藤前支局長も特派員在任3年間、きちんと韓国の新聞を読んでいたのなら分かるはずだ。紙面に政権批判記事がないのはむしろ安倍政権下での産経だ。

  にもかかわらず、韓国検察の起訴決定は間違っているというのが個人的な考えだ。いくら記事に問題があるとしてもグローバルな視点で判断するべきだった。しかし産経は明らかに度が過ぎた。言論の自由は公正報道の責任を果たす時に与えられるものだ。

  たとえ誹謗する意図がなかったとしても、記事の内容が「事実」でないことが明らかになった。なら「遺憾」の一言でも表明するのが正しい。しかし産経新聞のどこを見ても「謝罪」や「遺憾」は見られない。「詭弁」ばかり繰り返されるだけだ。

 

謝罪・反省しない産経前支局長、名誉毀損罪で在宅起訴(2014年10月9日配信『朝鮮日報』「日本語版」)

 

 ソウル中央地検刑事1部(チョン・スボン部長)は8日、朴槿恵(パク・クンヘ)大統領に関する虚偽の事実を含む内容を報じたとして、産経新聞の加藤達也前ソウル支局長(48)を情報通信網法の名誉毀損(きそん)罪で在宅起訴した。

 加藤支局長は今年8月3日、産経新聞電子版に掲載した「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」というタイトルの記事で、旅客船「セウォル号」沈没事故が発生した今年4月16日、朴大統領の所在が7時間ほどの間把握されていなかったとの疑惑が浮上していると報じた。検察は報道資料を発表し、起訴の理由について「加藤前支局長の記事は客観的な事実と異なり、その虚偽の事実をもって大統領の名誉を傷つけた。取材の根拠を示せなかった上、長い特派員生活で韓国の事情を分かっていながら、謝罪や反省の意思を示さなかったという点を考慮した」と説明した。

 セウォル号事故当日に朴大統領とチョン・ユンフェ氏(59)が密会していたとの疑惑について検察は「朴大統領は当日、ずっと大統領府にいた一方、チョン氏は大統領府に入っておらず、知人と昼食を取った後帰宅した」と説明した。韓国国内で身柄を拘束されず裁判を受けることになる加藤前支局長は現在、出国を停止されているため、今後出国するには裁判所の許可を得なければならない。

 これに対し産経新聞は8日夜、熊坂隆光社長の名で声明を発表し「憲法が保障する言論の自由を侵害していることは明らかで、韓国の信用を失墜させる行為だ」と主張した。また時事通信は「民主化以降の韓国で、大統領の名誉を毀損したとして外国メディアの記者が起訴されるというのはきわめて異例だ。報道の自由を脅かす事態であり、国際社会の批判を免れないだろう」と報じた。

 

異様な「タブー」を実感 言論の自由への狭量さ示した朴政権 加藤達也前ソウル支局長の手記(2014年10月10日配信『産経新聞』」)

 

 9日のソウルはさわやかな秋晴れとなった。私の今の心のようだと思った。不思議に思われるかもしれないが、8月初めに私が書いた「追跡〜ソウル発」が韓国の朴槿恵政権から問題視され、今月8日に在宅起訴されるまで、ずっと同じ気持ちで過ごしてきた。朴政権の最大の問題である“言論の自由への狭量さ”を身をもって読者に伝えることができる機会と考えてきたからだ。

×  ×  ×

 8日夕、韓国のソウル中央地検は私を在宅起訴した。刑事処分決定に際しては事前に弁護士に通告するとしていたにもかかわらず、午後7時に韓国メディアに発表した。奇襲的な発表は韓国検察が一貫してとってきた態度の総仕上げだったといえる。

 これまで2カ月以上にわたる出国禁止措置と、3度の取り調べを受けた。私に揺さぶりをかけ、心理的に圧迫し、産経新聞を屈服させる意図があったのは明らかだった。

 検察は刑事処分について「(起訴の方針などの)予断はない」と、たびたび宣言してきたが、取り調べは明確に「起訴」を前提とし「有罪判決」を目的としていた。検事は、私が記事で用いた「混迷」「不穏」「レームダック化」などの言葉を取り上げ、その使い方から誹謗(ひぼう)の意図を導きだそうと必死だった。

たとえば、「被疑者の記事にある『レームダック』は政権交代期に、政治に一貫性がないことを意味する言葉だが、韓国の政治状況に対しふさわしいと思うか」の質問がそうだ。

 私が「日本では『レームダック』の言葉は広義で影響力が徐々に低下している状況も示す」と応じると、検事は「政権初期の韓国の政治状況にそのような表現は無理ではないか」とし、「混迷、不穏、レームダック化の単語から、政権が揺れているのだと認識される。このような(単語を使った)記事を報道したのは、韓国政府や朴槿恵大統領を誹謗するためではないか」とたたみかけてきた。

 10月2日の3回目の取り調べで、検事は「(セウォル号事故当日の)大統領の所在問題が(韓国内で)タブー視されているのに、それを書いたことをどう考えるか」と聞いてきた。

 私はこの言葉に強い違和感を覚えた。日本では毎日、詳細に公開されている国家指導者の動静が“タブー”だというのだ。禁忌に触れた者は絶対に許さないという政権の意思を如実に示す発言だった。

               ×  ×  ×

 韓国大統領府(青瓦台)で海外メディアを担当する報道官から抗議の電話を受けたのは、8月5日の夕方だった。

報道官は機械的に抗議文を読み上げると刑事・民事での法的な対応を宣言。この直後、「市民団体」が私を告発、検察は待ち構えるかのように7日、出国禁止措置を出した。

 報道官は「確認もせずに掲載した」とも言い放ったがそもそも青瓦台は7月、ソウル支局の名村隆寛編集委員が書いた次期駐日大使の内定人事を伝える記事に対して、「解禁指定日時を破った」として産経新聞に1年間の出入り禁止(取材拒否)を通告していた。

 訴訟を乱発する朴政権に、韓国国内では既に萎縮、迎合しているかのような報道もみられる。朴政権はいったいいつまで、メディアへの弾圧的な姿勢を続けるのだろうか。(社会部編集委員 加藤達也)

                  ◇

 加藤前支局長は、今回の問題が起きる以前の8月1日に、10月1日付で東京本社社会部編集委員への異動が決まっていたが、出国禁止処分によって帰国できずにいる。

 

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